がんやALSの治療標的となりうる「ストレス顆粒」の機能を解明 がん細胞内で活発に働く増殖シグナルの活性化を防ぐ働きを持つ
近畿大学薬学部(大阪府東大阪市)創薬科学科教授の杉浦 麗子らの研究グループは、熱などのストレスに応答して細胞内に形成される「ストレス顆粒」※1 という構造体が、多くのがん細胞内で活発に働く「PKC」※2 「MAPKキナーゼ(以下MAPK)」※3 などの増殖シグナルを活性化しすぎないように調節する“安全ブレーキ”の役割を持つことを世界で初めて発見しました。近年、ストレス顆粒は、多くのがんやALS(筋委縮性側索硬化症)※4 などの神経難病の治療標的として強い注目を集めています。この研究成果は、ストレス顆粒をコントロールすることが、「PKC」や「MAPK」の過剰な活性化を原因とする疾患の治療につながる可能性を示しています。
本件に関する論文が、令和3年(2021年)1月26日(火)21:00(日本時間)、アメリカの生命科学系雑誌”Journal of Cell Science”に掲載されました。
【本件のポイント】
●ストレス顆粒が、多くのがん細胞内で活発に働くPKCやMAPKなどの増殖シグナルを活性化しすぎないように調節する“安全ブレーキ”の役割を持つことを世界で初めて発見
●ストレス顆粒は、PKCを取り込むことでMAPKの過度な活性化を未然に防ぐ働きを持つ
●ストレス顆粒をコントロールすることが、がんやALSなどの疾患の治療につながる可能性を示唆
【本件の内容】
がん細胞では、細胞の増殖を司る「PKC」や「MAPK」という酵素の働きが活発になることから、これらの酵素の活性調節の仕組みを明らかにすることが治療開発のために重要とされています。
近畿大学薬学部創薬科学科教授の杉浦 麗子(専門:ゲノム創薬)らの研究グループは、「ストレス顆粒」という構造体がPKCやMAPKを活性化しすぎないように調節する“安全ブレーキ”の役割を持つことを世界で初めて発見しました。ストレス顆粒は、「ミトコンドリア」や「核」などの小器官とは異なり、膜で囲まれていません。このような「非膜型細胞内小器官」は、一部のがんや神経変性疾患などで過剰に作られていることが報告されており、近年、治療標的として世界的に活発な研究が行われています。しかし、その役割についてはほとんど明らかになっていませんでした。
研究グループは、熱刺激を与えることによってPKCがストレス顆粒の中に取り込まれること、また、PKCにより活性化されたMAPKがPKCの取り込みを促進することを証明しました。通常はPKCがMAPKを活性化させる働きを持ちますが、ストレス顆粒に取り込まれたPKCはMAPKを活性化することができなくなるため、ストレス顆粒はMAPKの過度な活性化を未然に防ぐ役割を担っていることがわかりました。本研究成果は、ストレス顆粒が、細胞の増殖やがん化に重要な役割を果たすPKCやMAPKという酵素の活性調節に重要な役割を担うことを初めて証明したものであり、ストレス顆粒を標的にしたまったく新しい疾患治療の開発につながることが期待されます。
【論文掲載】
掲載誌:
Journal of Cell Science(インパクトファクター:4.573)
論文名:
Sequestration of the PKC ortholog Pck2 in stress granules as a feedback mechanism of MAPK signaling in fission yeast.
(非膜型細胞小器官であるストレス顆粒は、PKC/Pck2を空間的に隔離することにより、MAPKシグナルをフィードバック制御する)
著 者:
神田 勇輝1、佐藤 亮介2、高崎 輝恒2、冨本 尚史3、土屋 葵子2、蔡 淳安2、田中 妙美2、京本 柊2、濱田 耕造4、藤原 俊伸2、杉浦 麗子2
所 属:
1近畿大学大学院薬学研究科博士課程、2近畿大学薬学部、3近畿大学大学院薬学研究科博士前期課程、4近畿大学薬学部研究員
【研究詳細】
研究グループは、細胞内でPKCにGFP(緑色蛍光タンパク質)を標識し、PKCの細胞内局在を可視化しました。興味深いことに、熱刺激を与えるとMAPKが活性化し、続いてPKCが細胞質内のストレス顆粒に取り込まれることがわかりました。しかも、MAPKが活性化するとPKCのストレス顆粒への取り込みを促進することも明らかになりました。さらに、PKCがストレス顆粒に取り込まれない状況では、MAPKが過剰に活性化することも分かりました。これらの結果から、ストレス顆粒は活性化したPKCを取り込み、格納(隔離)することで、MAPKを過度に活性化できないようにする“安全ブレーキ”の役割を担うことがわかりました。
ストレス顆粒は、一部のがん細胞や、ALSのような神経難病においても細胞内で活発に形成されていることから、これらの疾患の発症に重要な役割を担っていると考えられており、創薬の標的としても研究が活発に行われています。今回の発見は、膜をもたない細胞内小器官であるストレス顆粒が、PKCやMAPKという増殖、発がんに重要な酵素の働きを調節する役割を持つことを示した世界で初めての発見です。
【用語解説】
※1 ストレス顆粒:細胞が熱ショック、ウイルス感染、低酸素などのストレス環境に曝露された際に、細胞質中に生じる100nmから200nm程度の凝集体。
※2 PKC:プロテインキナーゼC。タンパク質リン酸化酵素の一種であり、哺乳類では10種類のサブタイプから成るファミリーとして存在する。PKCは発がんプロモーターであるホルボールエステルにより活性化を受けることから、古くから発がんとの関わりが注目を集めてきた。酵母やハエなどの下等生物からヒトまで進化的に広く存在している。
※3 MAPKキナーゼ:タンパク質をリン酸化する酵素の一種。増殖因子や様々な刺激により活性化される。がんの多くではMAPキナーゼが過剰に活性化していることが知られている。酵母やハエなどの下等生物からヒトまで進化的に広く存在している。
※4 ALS:筋委縮性側索硬化症。手足・のど・舌の筋肉や呼吸に必要な筋肉がだんだんやせて筋力が失われていく疾患。根治療法が見いだされていない代表的な神経難病の一つだが、ALSの神経細胞の特徴としてストレス顆粒の凝集体が報告されていることから、ALSの発症とストレス顆粒の形成機構の関わりが注目を集めている。
【関連リンク】
薬学部 創薬科学科 教授 杉浦 麗子(スギウラ レイコ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/752-sugiura-reiko.html
薬学部 医療薬学科 教授 藤原 俊伸(フジワラ トシノブ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1343-fujiwara-toshinobu.html
薬学部 創薬科学科 講師 佐藤 亮介(サトウ リョウスケ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1237-satoh-ryosuke.html
薬学部 創薬科学科 講師 髙崎 輝恒(タカサキ テルアキ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2084-takasaki-teruaki.html