らせん型カプセルによる最高レベルのキラル伝達 -新しい高機能キラル空間の作り方-

2024-11-13 15:00
図1(a)DNA2重らせん(右巻き) (b)既報の人工らせん型カプセル(左/右巻きの混合物) (c)本研究の戦略:外面の単糖(D-グルコース)修飾による人工らせん型カプセル(左巻き)

【ポイント】
●外面の単糖修飾による"一方向巻き"のらせん型カプセルを作製
●内包により色素分子からの高強度なキラル蛍光物性の誘起に成功
●同方法で高対称的なフラーレンからも高強度なキラル物性を発現

【概要】
東京科学大学(Science Tokyo)物質理工学院 応用化学系の笹渕颯大学院生および上田真祐子大学院生(共に博士前期課程2年)、同 総合研究院 化学生命科学研究所の吉沢道人教授、近畿大学 理工学部 応用化学科の今井喜胤教授らは、外面を複数の単糖で修飾した"一方向巻き"のらせん型カプセルを作製しました。このカプセルはキラル性能(用語1)を持たない色素分子を内包することで、色素に由来する高強度なキラル蛍光物性を発現しました。また同様の方法で、球状フラーレンの高強度なキラル物性の誘起にも成功しました。すなわち、過去最高レベルの優れたキラル伝達機能を有するらせん型カプセルを開発しました。
らせんはDNAなどに見られる重要な生体構造です。らせん構造の人工的な模倣は数多く報告されていますが、右または左巻きの制御は困難で、そのためには骨格内にキラル部位を導入する必要があります。また、得られた合成らせん構造の内部空間の利用法はほぼ未開発でした。本研究では、芳香環骨格からなる4重らせん型カプセルの外面を複数のキラルな単糖のD-グルコースで修飾することで、左巻きに制御された分子カプセルを合成しました。鏡像異性体のL-グルコースにより修飾にすると、右巻きのカプセルが得られます。これらのカプセルには、キラル性能を持たない高蛍光性の色素分子や高対称的な球状フラーレンが効率良く内包されました。注目すべきは、内包された色素から高強度なキラル蛍光物性が観測されたことです。その物性は、分子空間を活用した過去の例と比較して、ほぼ最高値(異方性因子|glum|(用語2)=0.016)です。また、内包されたフラーレンのキラル物性は溶液および固体状態で高く、溶液系の過去最高値(異方性因子|gabs|(用語3)= 0.010)を示しました。今後は、外面をキラル修飾した種々のらせん型カプセルを活用することで、水中での高精密なキラルセンシングや高活性な不斉反応への応用が期待できます。
本研究成果は、Cell Pressが出版する注目の化学雑誌Chem(Cell姉妹誌)のオンライン版(オープンアクセス、10月30日)に掲載されました。

【背景】
「らせん」は、DNAやタンパク質などに見られる重要な生体構造です。遺伝情報をつかさどるDNAは、2重らせんの主鎖に組み込まれた単糖(デオキシ-D-リボース)のキラル骨格に起因して、"右巻き"のらせん構造のみを形成します(図1a)[文献1]。その鏡像の"左巻き"らせんは通常の生体条件では形成しません。このような生体のらせん構造を模倣して、化学合成する試みが盛んに行われてきました。1987年にJ.-M. Lehn(同年にノーベル化学賞を受賞、用語4)らは、ひも状の有機分子を金属イオンで集合させることで、"人工2重らせん"の合成に初成功しました[文献2]。その後、3重や4重などのさまざまならせん構造体が合成され続けています。しかしながら、それらのらせん構造体の大部分は、右巻きと左巻きの混合物として存在し(図1b)、巻き方向を制御することは困難とされています。らせん制御の例は幾つかあるものの、その主鎖骨格にキラル部位を導入する必要があるため、合成は困難でした。また、得られた人工らせん構造体の"内部空間"の性質や活用はほぼ未開発でした。
そこで本研究では、芳香環骨格からなる4重らせん型カプセルの混合物[文献3,4]の外面を複数のキラルな単糖(D-グルコースなど)で修飾することで、一方向巻きカプセルの合成を目指しました(図1c)。今回、得られたカプセルの内部空間で、キラル性能を持たない蛍光性の色素分子や球状のフラーレンへの高強度なキラル伝達に成功したので報告します。この外面修飾によりキラル情報をカプセル空間に伝達する新手法は、簡便な合成プロセスで、さまざまならせん型構造体に適応でき、今後、人工キラル空間の新展開が期待できます。

【研究成果】
<外面糖修飾によるらせん型カプセルの作製>
本研究ではまず、2つの単糖(D-グルコース)を導入した有機配位子LD(図2a左)を合成しました。この配位子は2つのアントラセン環と2つのピリジン環を含む湾曲型の芳香環骨格を持ちますが、らせん構造を取らないため円二色性(CD)スペクトル(用語5)のバンド強度はほぼゼロです(図2c)。配位子LDと白金イオンを約2:1の比率で有機溶媒(DMSO)に加えて、その溶液を加熱・攪拌することで、外面が単糖で修飾された、目的生成物の4重らせん型カプセル1Dが定量的に生成しました(図2a右)。核磁気共鳴装置(NMR)と質量分析装置(MS)、理論計算により、このカプセルは4つの配位子と2つの金属イオンから成り、外面に8つの単糖を持ち、内部に1.3nmサイズの空間を有する球状構造体(図2b)であることを決定しました。らせん構造はCDスペクトルで判明しました。得られた白金架橋カプセル1Dは、約380nmにアントラセン環に由来する強い負のCDバンドを示しました。その強度は同濃度のLDと比較して60倍以上に向上しました(図2c)。このことから、カプセル形成による芳香環骨格の集合で、側鎖の単糖からカプセル骨格へのキラル伝達が生じ、片巻のらせん構造が誘起されたと考えられます。D-グルコースで修飾されたカプセル1DはNMRと理論計算から、85%以上の選択性で「左巻き」らせんであることが示されました。らせんの方向は単糖の種類で調整することが可能で、L-グルコースで修飾されたカプセル1Lは「右巻き」を示しました(図2c)。

図2(a)D-グルコースを導入した配位子と白金イオンからのらせん型カプセル1Dの形成 (b)カプセル1Dの立体構造(単糖部位を強調) (c)配位子とカプセルのCDバンドの強度比較

【蛍光性色素分子の内包によるキラル伝達】
次に、キラル性能を持たない色素分子をらせん型カプセルに内包することで、分子間相互作用により、色素分子にキラル蛍光物性を誘起することに成功しました。ホウ素を含む高蛍光性の色素分子DMBを水中でカプセル1Dと加熱・撹拌すると、効果的な相互作用によって、1Dが2分子のDMBを内包した1D•(DMB)2を定量的に生成しました(図3a)。その構造はNMR、MSおよび紫外可視吸収(UV-vis)分析によって確認しました。溶液は黄色を示し、UV-visスペクトルでは、内包されたDMBに由来する吸収バンドが430~600nmに観測されました。CDスペクトルで同領域に明確なバンドが見られたことから、DMBへのキラル伝達を確認しました。本来キラル性能を持たない色素分子がカプセルのキラル空間に入ることで、その分子配座にキラル性能が発現したと考えられます。また、内包体1D•(DMB)2は蛍光性を持ち、450nmの光照射で色素分子に由来する黄色蛍光(490~650nm)を発し、その円偏光発光(CPL)スペクトル(用語6)で同領域にバンドが観測されました。逆巻きのらせんカプセルの内包体1L•(DMB)2は、正負がほぼ反転したCPLスペクトルを示しました。そのキラル蛍光物性の|glum|値は0.001でした(図3d)。次に、かさ高い類似の色素分子PMBおよび異なる色素分子NRを1Dで内包した1D•PMBと1D•(NR)2の水溶液を同様の方法で作成しました(図3b)。注目すべきことに、緑色蛍光を発する1D•PMBは、500~680nmに強いCPLバンドを示し、|glum|値は0.016まで大きく向上しました。その理由は、大きさの適合によりカプセル内での色素分子の動きが抑制されたことに起因します(図3c)。このキラル蛍光物性は、分子空間を活用した過去の例と比較してほぼ最高値です。また、紫色水溶液の1D•(NR)2は赤色のキラル蛍光物性(|glum|=0.001)を発現し、このらせん型カプセルはさまざまな色素分子に適用できることが明らかになりました。

図3(a)らせん型カプセル1DによるDMBの内包とその溶液写真(上:室内光下,下:光照射下) (b)キラル蛍光物性を示す内包体1D・PMBと1D・(NR)2とそれらの溶液写真 (c)1D・PMBの立体構造(内部空間周辺の拡大図) (d)内包体におけるCPLバンドの強度比較

【フラーレンの内包によるキラル伝達】
最後に、高対称的な球状分子へのキラル伝達を達成しました。フラーレンC60(図4a左(用語7))は炭素のみからなる直径約1ナノメートルの球状構造体で、キラル性能は持ちません。これまでに分子間相互作用による幾つかの方法でフラーレンへのキラル伝達は観測されていますが、それらの効率は低いものでした。本研究ではまず、4重らせん型カプセルの白金イオンをパラジウムイオンに置換することで、カプセル骨格に柔軟性を持たせ、内包能を変化させました。次に、合成したパラジウム架橋カプセル2DとフラーレンC60を有機溶媒(DMSO)中で加熱・撹拌することで、褐色溶液が得られ、1分子のフラーレンを内包したらせん型カプセル2D•C60が高収率で生成しました(図4a)。その構造はNMR、MSおよびUV-vis分析によって確認しました。UV-visスペクトルでは、内包されたフラーレンに由来する吸収バンドが450~740nmに観測されました。またCD分析から、カプセルからフラーレンへのキラル伝達が証明されました。内包体2D•C60の水中のスペクトルでは、フラーレンに由来する強いCDバンドが吸収バンドと同領域に観測されました。逆巻きのらせんカプセルの内包体2L•C60は正負が反転したCDスペクトルを示し、それらの強度から|gabs|値は0.010と算出されました(図4d)。このキラル物性の伝達効率は、溶液中の分子間相互作用の系で過去最高値です。フラーレン内包体のキラル物性は他の有機溶媒(メタノールやDMSO)中、異なる強度で観測されたことから、カプセルとフラーレンの芳香環骨格の間で強い相互作用が働いていることが示されました(図4b)。分子軌道計算からもそれらの相互作用が支持されました(図4c)。興味深いことに、内包体2D•C60は溶液中だけでなく、固体状態でも強いCDバンドが観測され、C60のキラル物性は維持できることが判明されました。

図4(a)らせん型カプセル1DによるC60の内包とその溶液写真 (b)2D・C60の立体構造(内部空間周辺の拡大図)と(c)分子軌道計算 (d)C60に由来するCDバンドの強度比較

【社会的インパクトと今後の展開】
本研究では、生体に見られる「らせん」構造から発想を得て、単糖を活用した独自の分子設計で、一方向巻きの4重らせん型カプセルの作製に成功しました。既報のらせん構造体と異なり、得られたカプセルはさまざまな形状や性質の色素分子を混ぜるだけで効率良く内包できます。これにより、外面のキラル部位から、カプセルのらせん骨格を経て、内部空間の色素分子への最高レベルなキラル伝達を達成しました。今後は、外面のキラル修飾によるさまざまならせん型カプセルへの作製展開とともに、新種のキラル空間を活用することで、水中での高精密なキラルセンシングや高活性な不斉反応などの機能展開も期待できます。

【付記】
本研究は、科学研究費助成事業(代表:吉沢道人 課題番号:JP22H00348、JP23K17913・代表:澤田知久 課題番号:JPMJPR20A7)の支援を受けて行われました。

【用語説明】
(1)キラル性能:右手と左手のように、鏡像関係で重ね合わせられないもう一つの形(鏡像異性体)が存在する性質。ギリシア語のχείρ(手)に由来。キラル伝達はその性質を他に伝えること。
(2)異方性因子glum:キラル蛍光物性の1つで、発光(luminescence)において、左回りと右回りの光がどのくらいの偏りを持つかを示す値。最大値は2。
(3)異方性因子gabs:キラル物性の1つで、吸光(absorbance)において、左回りと右回りの光がどのくらいの偏りを持つかを示す値。最大値は2。
(4)J.-M. Lehn:フランスの化学者。分子間相互作用に着目した新しい化学分野「超分子化学」を最初に提唱。
(5)円二色性(CD)スペクトル:吸収する光の波長に対する楕円率を示したもの。キラルな物質は左回りと右回りの光の吸収しやすさが異なるため、透過光は楕円になる(円二色性:Circular Dichroism)。吸収の差が大きいほど楕円はより扁平になるので、楕円率を測定することで吸収差の大きさを定量化できる。
(6)円偏光発光(CPL)スペクトル:発光の波長に対する楕円率を示したもの。キラルな蛍光(円偏光発光:Circular Polarized Luminescence)の波長領域や強度を定量的に測定できる。
(7)フラーレンC60:炭素のみから成るサッカーボール型の球状分子。この分子の発見で、1996年にH. Krotoらがノーベル化学賞を受賞。名称はアメリカの思想家R. B. Fullerの建築物に似ていることに由来。

【参考文献】
(1)池内昌彦,伊藤元己,箸本春樹,道上達男. キャンベル生物学 原書11版. 丸善出版,2018.
(2)J. -M. Lehn,A. Rigault,J. Siegel,J. Harrowfield,B. Chevrier,D. Moras,Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 1987,84,2565-2569.
(3)N. Kishi,Z. Li,K. Yoza,M. Akita,M. Yoshizawa,J. Am. Chem. Soc. 2011,133,11438-11441.
(4)M. Yoshizawa,L. Catti,Acc. Chem. Res. 2019,52,2392-2404.

【論文情報】
掲載誌   :Chem(Cell Press)
論文タイトル:Remote Optical Chirality Transfer via Helical Polyaromatic
       Capsules upon Encapsulation
著者    :Hayate Sasafuchi,Mayuko Ueda,Natsuki Kishida,Tomohisa Sawada,
       Seika Suzuki,Yoshitane Imai,and Michito Yoshizawa*(*:責任著者)
       (笹渕颯、上田真祐子、岸田夏月、澤田知久、鈴木聖香、今井喜胤、吉沢道人*)
DOI     :10.1016/j.chempr.2024.09.031

【研究者プロフィール】
吉沢道人(ヨシザワミチト)Michito YOSHIZAWA
東京科学大学 総合研究院 化学生命科学研究所 教授
研究分野:超分子化学・空間機能化学

今井喜胤(イマイヨシタネ)Yoshitane IMAI
近畿大学 理工学部 応用化学科 教授
研究分野:不斉光化学

【関連リンク】
理工学部 応用化学科 教授 今井喜胤(イマイヨシタネ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/362-imai-yoshitane.html

理工学部
https://www.kindai.ac.jp/science-engineering/

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