腹部大動脈瘤の破裂機構を解明 農学部応用生命化学科 准教授 財満信宏らの研究チーム 血管壁内の脂肪細胞が原因 予防薬・機能性食品開発に期待

近畿大学農学部(奈良県奈良市)応用生命化学科応用細胞生物学研究室(教授:森山達哉)の准教授 財満信宏(ざいまのぶひろ)と同研究室の大学院生 久後裕菜(くごひろな)らは、司馬遼太郎やアインシュタインの死因となった腹部大動脈瘤(ふくぶだいどうみゃくりゅう)が破裂する原因を明らかにしました。本件に関する論文が、ネイチャー・パブリッシング・グループが発刊する電子ジャーナル「Scientific Reports」にて、平成28年(2016年)8月8日(月)18:00(日本時間)に掲載されます。
※本研究は、浜松医科大学の海野直樹 准教授、田中宏樹 助教、日本水産株式会社との共同研究の成果です。

【本件のポイント】
●血管壁に脂肪細胞が異常出現することにより腹部大動脈瘤破裂のリスクが増加
●EPA(エイコサペンタエン酸)高含有魚油の投与により、血管壁の脂肪細胞の数と肥大化が抑制され、腹部大動脈瘤破裂のリスクが低下することを発見
●未だに開発されていない瘤の破裂を予防する薬や機能性食品などの開発が期待される

【本件の概要】
腹部大動脈瘤は、腹部大動脈が進行的に拡張することを主病変とする疾患です。拡張した大動脈は瘤状となりますが、自覚症状がほとんど無いため、病院などで偶然発見されることが多くあります。破裂すると致命的となるため、一定の大きさに達した大動脈瘤は手術が必要となります。
本研究により、これまで不明だった脂肪細胞と腹部大動脈瘤破裂の関係について、腹部大動脈の血管壁内に異常出現する脂肪細胞が破裂の大きな原因であることを発見しました。EPA高含有魚油の投与により、血管壁の脂肪細胞の出現や肥大化が抑制され、腹部大動脈瘤の破裂のリスクが低下することも明らかになりました。本研究は、腹部大動脈瘤の破裂に脂肪細胞が関与していることを実験的に示した初めての例です。
この研究成果は、腹部大動脈瘤の破裂を予防するための重要な標的細胞を発見したものでもあり、未だに開発されていない腹部大動脈瘤の破裂を予防する薬剤や機能性食品などの開発につながると期待されます。

【掲載誌】
■雑誌名:『Scientific Reports(サイエンティフィック・リポーツ)』
     ネイチャー・パブリッシング・グループが発刊する電子ジャーナル
     インパクトファクター5.228
■論文名:Adipocyte in vascular wall can induce the rupture of abdominal aortic aneurysm(血管壁の脂肪細胞が腹部大動脈瘤の破裂を誘導する)
■著 者:Hirona Kugo, Nobuhiro Zaima, Hiroki Tanaka, Youhei Mouri, Kenichi Yanagimoto,
     Kohsuke Hayamizu, Keisuke Hashimoto, Takeshi Sasaki, Masaki Sano, Tatsuro Yata,
     Tetsumei Urano, Mitsutoshi Setou, Naoki Unno & Tatsuya Moriyama

【本件の背景】
大動脈瘤破裂及び解離は、日本人の死因の10位前後に位置する疾患です。腹部大動脈に形成される大動脈瘤は腹部大動脈瘤と呼ばれ、大動脈瘤の8割以上は腹部にできます。腹部大動脈瘤破裂は司馬遼太郎やアインシュタインの死因となった疾患としても有名ですが、なぜ破裂に至るかというメカニズムの詳細は明らかになっていませんでした。
腹部大動脈瘤治療の大きな問題点は、破裂を予防する薬剤や、拡大を抑制する薬剤が一つも開発されていない点にあります。したがって、腹部大動脈瘤が見つかった場合、現段階ではステントグラフト内挿術や人工血管置換術などの外科手術により破裂を未然に予防するしかありません。外科手術にはリスクが伴いますので、腹部大動脈瘤の破裂を予防する薬物等の開発が望まれています。

【研究の詳細】
血管壁は様々な種類の細胞で構成されている組織であり、血管壁に存在する細胞がそれぞれの機能を発揮するためには、これらの細胞に酸素や栄養素が十分に供給される必要があります。この役割を担うのが「栄養血管」と呼ばれる血管壁の中に存在する小さな血管で、血管の中に張り巡らされた栄養血管が血管壁に存在する細胞に酸素や栄養素を供給します。財満らは、浜松医科大学の海野准教授、田中助教らとのこれまでの共同研究で、栄養血管の閉塞とそれによる血管壁の低酸素、低栄養が腹部大動脈瘤形成の原因となることを明らかにしていましたが、本研究により、栄養血管が閉塞すると血管壁に脂肪細胞が異常出現し始めることを新たに発見しました。
実験的に脂肪細胞が異常出現しやすい状態を作ったうえで、中性脂肪の一種であるトリオレインを投与して血管壁の脂肪細胞が成長しやすい条件にすると、血管壁の脂肪細胞のサイズと数は増加し、腹部大動脈瘤の破裂が促進されました。一方、EPAを高含有する魚油を投与して血管壁の脂肪細胞が成長しにくい条件にすると、トリオレイン投与時と比較して腹部大動脈瘤の破裂リスクが低下しました(図1)。腹部大動脈瘤患者においては、瘤が大きいほど破裂のリスクは高くなることが知られています。血液中の中性脂肪値やコレステロール値は、腹部大動脈瘤の大きさと相関しない一方で、血管壁の脂肪細胞数と腹部大動脈瘤の大きさが相関することもわかりました。

また、血管壁に異常出現する脂肪細胞が腹部大動脈瘤破裂の原因となる機構を明らかにするために行った病理解析の結果、血管壁で肥大化した脂肪細胞の周りではMCP-1(免疫細胞を呼び寄せる効果などがある因子)が多く分泌されており、これが脂肪細胞周囲にマクロファージなどの炎症細胞を呼び寄せていることを見出しました。呼び寄せられた細胞が、マトリックスメタロプロテアーゼ(血管の強度を保っている線維を破壊する作用がある因子)を分泌することにより、脂肪細胞周辺の血管強度を低下させる原因となることも明らかにしました。肥大化した脂肪細胞を中心にして血管壁の破壊が進むため、血管壁に脂肪細胞が増加するにつれて破裂のリスクが上昇していくと考えられます(図2)。

【今後の展望】
本研究により破裂を予防するための標的細胞が明確になったため、今回効果がある可能性が示されたEPAを中心に、今後は薬剤や様々な食品機能性成分の大動脈瘤の破裂予防効果を検証し、薬物や食事による予防法の確立を目指します。また、脂肪細胞を標的とする既存の薬物を応用できる可能性があり、予防法確立の実現性は十分にあると考えられます。

【財満信宏からのコメント】
何年も前に生まれたこのアイデアを本研究で実験的に証明できたのは、本論文共同筆頭著者の一人である久後さんの活躍が大きいです。彼女の動物モデル作成のための外科処置技術は非常に高く、実験見学に来た外科医の先生も驚くほどでした。
今後は、研究をさらに発展させ、農学部ならではの食事による予防法の発見にも力を入れていきたいと考えています。

【研究者プロフィール】
■農学部応用生命化学科 応用細胞生物学研究室 准教授 財満信宏(ざいまのぶひろ)
研究テーマ:食品による疾患の予防法の確立
専   門:食品科学、脂質生物学、病態検査学、質量分析イメージング
生年 月日:昭和53年(1978年)10月15日、37歳
平成14年(2002年)3月 京都大学農学部卒業
平成19年(2007年)3月 京都大学大学院農学研究科応用生物科学専攻博士後期課程修了 博士(農学)
平成19年(2007年)4月 三菱化学生命科学研究所 特別研究員
平成20年(2008年)10月 浜松医科大学分子イメージング先端研究センター 特任助教
平成23年(2011年)4月 近畿大学農学部応用生命化学科応用細胞生物学研究室 講師
平成27年(2015年)4月 近畿大学農学部応用生命化学科応用細胞生物学研究室 准教授(現職)

■大学院農学研究科 応用生命化学専攻 博士後期課程 1年 久後裕菜(くごひろな)
研究テーマ:腹部大動脈瘤の破裂機構の解明と予防法の確立
生年 月日:平成3年(1991年)6月3日、25歳
平成26年(2014年)3月 近畿大学農学部応用生命化学科卒業
平成28年(2016年)3月 近畿大学大学院農学研究科応用生命化学専攻博士前期課程修了
平成28年(2016年)4月 近畿大学大学院農学研究科応用生命化学専攻博士後期課程(現在)

【関連リンク】
農学部応用生命化学科 准教授 財満信宏
http://www.kindai.ac.jp/meikan/811-zaima-nobuhiro.html

図2 肥大化した脂肪細胞が腹部大動脈瘤の破裂を誘導する仕組み
図2 肥大化した脂肪細胞が腹部大動脈瘤の破裂を誘導する仕組み
図1 血管壁に異常出現する脂肪細胞と破裂の関係
図1 血管壁に異常出現する脂肪細胞と破裂の関係

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