オフィスでの新型コロナウイルスの感染経路別リスクを明らかに クラスター発生時の長距離エアロゾル感染のリスクと対策効果を評価

2023-11-10 15:00
オフィスでマスクをして働く人のイメージ画像

近畿大学医学部(大阪府大阪狭山市)環境医学・行動科学教室講師 水越厚史を中心とする研究グループは、オフィスにおいて新型コロナウイルス感染症のクラスターが発生した場合の実例に基づき、感染経路別のリスクを推算するシミュレーションモデルを構築しました。このモデルを用いて、広いオフィスで全員マスクを着用していてもクラスターが発生したケースを解析したところ、長距離エアロゾル感染が主な感染経路である可能性を示しました。また、マスクの使用、換気等の感染対策の効果についても評価をしました。
本件に関する論文が、令和5年(2023年)11月8日(水)に、リスク分析分野の権威ある国際的な学術誌"Risk Analysis(リスク アナリシス)"にオンライン掲載されました。

【本件のポイント】
●オフィスにおける新型コロナウイルス感染症のクラスター発生について、感染経路別のリスクを推算するシミュレーションモデルを構築
●全員がマスクを着用していてもクラスターが発生したケースを分析したところ、エアロゾルが長距離移動して感染した可能性が高いことを示唆
●マスク着用や換気の増加、ウイルス濃度の低減などが感染リスクに与える効果を評価し、今後の感染対策に生かす

【本件の背景】
新型コロナウイルス感染症は、「飛沫感染」「接触感染」「エアロゾル感染」といった経路で、人から人へ二次感染すると考えられています。令和3年(2021年)春以降、職場での新型コロナウイルス感染症のクラスター発生が多く報告されるようになりました。実際の発生事例では、オフィス全体に感染者が広く分布していたことから、長距離間でのエアロゾル感染や接触感染が起こった可能性が示唆されましたが、主要な感染経路は明らかになっていません。
感染者の飛沫が空間に分布して、室内にいる離れた在室者が吸入して感染する長距離エアロゾル感染は、WHOも二次感染を引き起こすことを認めていますが、長距離エアロゾル感染が二次感染のなかで占める割合を数値的に解析した例は、ほとんどありません。

【本件の内容】
研究グループは、実際のオフィスにおけるクラスター発生事例に基づき感染経路別のリスクを予測するシミュレーションモデルを構築し、長距離エアロゾル感染と接触感染のリスクを算出しました。広いオフィスで全員マスクを着用していてもクラスターが発生したケースについて解析したところ、会話をする距離より長く(1~2m以上)エアロゾルが移動して感染する、長距離エアロゾル感染が主な感染経路である可能性が高いことが示唆されました。また、このケースでは、オフィス全員のマスク着用や、換気量の増加によって感染リスクの低減に大きな効果があることも明らかになりました。しかし同時に、これらの対策のみでは長距離エアロゾル感染を防ぎきれないこともわかっています。
感染拡大期における長距離エアロゾル感染を予防するためには、マスクの着用、換気、体内ウイルス濃度の低減の他、感染者と接触した場合や自分が感染した疑いがある場合の外出自粛、家族との接触回避といった、包括的な対策が必須となると考えられます。
なお、本研究は、近畿大学が令和2年(2020年)から全学を挙げて取り組んでいる「"オール近大"新型コロナウイルス感染症対策支援プロジェクト」の一環として実施されました。

【論文概要】
掲載誌:Risk Analysis(インパクトファクター:3.8@2022)
論文名:A COVID-19 cluster analysis in an office: Assessing the long-range aerosol and fomite transmissions with infection control measures
(オフィスにおける新型コロナウイルス感染症のクラスターの解析:長距離エアロゾルと接触感染の評価と感染対策の効果)
著者 :水越厚史*、奥村二郎、東賢一(所属は執筆当時) *責任著者
所属 :近畿大学医学部環境医学・行動科学教室
DOI  :10.1111/risa.14249
URL  :https://doi.org/10.1111/risa.14249

【本件の詳細】
研究グループは、実際にオフィスで起こったクラスター発生事例を基に、主要な感染経路を明らかにする目的で、感染経路別のリスクを算出するモデルを構築しました。実際の事例の発症者数の時間変化や空間分布などから、主に、「長距離エアロゾル感染」と「接触感染」の2つの感染経路が予想されたため、それぞれ感染リスクを算出しました。長距離エアロゾル感染は、感染者の呼吸や会話により生成した飛沫が空気中を浮遊し、空間に分布して、離れた在室者が吸入して感染する経路です。一方、接触感染は、感染者の飛沫が手や使用機器の表面に移動する、または、感染者が鼻や口に触れた手で使用機器の表面を触り、その機器を使用した在室者が手で眼や鼻、口に触れることにより、感染する経路を想定しました。なお、感染者の顔の粘膜から在室者の粘膜へのウイルスの移動は、マスクの着用により防ぐことができると仮定しました。この2つの経路によりクラスターが発生したシナリオ(長距離・接触感染シナリオ)と、オフィス内での短距離の飛沫感染やエアロゾル感染、オフィスの外での短距離感染が最大限起こった場合を想定したシナリオ(短距離感染考慮シナリオ)も構築し、感染経路ごとのリスクへの寄与率を比較しました。
指標としたクラスター発生事例は、在室者85人中35人が感染し、そのうち初期の感染者から二次感染したと考えられる感染者は25人で、発症率は30%でした。4日間の間に在室した複数の感染者からウイルスが伝播したと仮定し、モデルを構築して感染リスクを計算しました。なお、実際の情報に基づき、全員がマスクを着用していたとしてシミュレーションを行いました。その結果、経路別に感染リスクを逆算すると、長距離・接触感染シナリオでは99%以上、短距離感染考慮シナリオでは60%以上が、長距離エアロゾルによる感染であることが示唆されました(図1)。このことから、在室者が全員マスクを着用した状況でクラスターが起こった場合は、長距離エアロゾル感染が主な感染経路であることが判明しました。なお、短距離感染考慮シナリオでは、初期の感染者付近のゾーンでは、約3分の2がオフィス内での短距離感染と考えられました。この時の感染者の唾液中(体内)のウイルス濃度は、10の8乗PFU/mL以上と非常に高濃度と推定され、変異株によるウイルスの特性を表している可能性が考えられました。
一方、感染対策のうち、マスクの全員着用は、長距離エアロゾル感染のリスクを61%~81%低減していたことがわかり、また、マスクをフィットさせていれば、88%~95%低減できることがわかりました。一方、接触感染のリスクはマスクの全員着用により99.8%以上低減しており、マスクの着用は、飛沫の発生を防いだり、手が顔に触れることを防ぐことで、接触感染のリスクを大幅に減らしていたことがわかりました。換気の効果については、換気回数を2倍にすると12%~29%、6倍にすると36%~66%リスクを低減できることがわかりました。対策を組み合わせ、換気回数を2倍にし、マスクをフィットした状態として、感染者との接触時間を1日に限定すると、二次感染者は、長距離・接触感染シナリオで1人となり、クラスターの発生予防が可能であると考えられました。
さらに、唾液中ウイルス濃度の低減が感染リスクに与える効果を分析しました。唾液中のウイルス濃度が3分の1になれば、マスク全員着用時は60%~64%、マスク非着用時は、40%~51%、長距離エアロゾル感染のリスクを低減できます。また、マスク全員着用時は、唾液中ウイルス濃度を10の6乗PFU/mL程度まで低減すれば、長距離エアロゾルによる二次感染を防ぐことができることがわかりました(図2)。
本研究により、感染拡大期には、大人数で長時間過ごす環境では全員がマスクをしている状況でも、長距離エアロゾル感染によるクラスターが生じる可能性が示唆されました。そして、マスク着用や換気量の増加が感染リスクの低減に大きな効果があると明らかとなりましたが、これらの対策のみで長距離エアロゾル感染を十分に防ぐことはできないことも示唆されました。一方、唾液中ウイルス濃度の低減は、感染リスクの低減効果が顕著に大きいことも明らかとなりました。ワクチン接種により発症後の体内ウイルス濃度が低下することを示した報告もあるため、ワクチン接種によりウイルスの発生が低減され、接種した本人の感染予防だけでなく、二次感染リスクの低減に有効である可能性も示されました。感染拡大期における長距離エアロゾル感染を予防するためには、マスクの着用、換気、体内ウイルス濃度の低減の他、感染者と接触した場合や自分が感染した疑いがある場合には外出を控える、また家庭内でも自主的に家族との接触を控えるといった包括的な対策が必須となると考えられます。また、マスクの着用に関しては、捕集効率が高いマスク(最低限不織布マスク)の着用と、顔に密着させる着用方法が重要といえます。

図1 オフィス内の各感染経路の感染リスクへの寄与
図2 長距離・接触感染シナリオにおける感染対策や唾液中ウイルス濃度と発症者数の関係

【研究者コメント】
水越厚史(みずこしあつし)
所属  :近畿大学医学部環境医学・行動科学教室
職位  :講師
学位  :博士(環境学)
コメント:感染リスクを感染経路別に算出することにより、感染拡大期にはマスクを着用していても、感染者と同じ部屋に長時間滞在することで、空気中を浮遊するエアロゾルを吸入して感染する場合があることが示唆されました。これは、感染拡大期にウイルスの発生特性が変化し、発生量が増えることが一因と考えられます。
この長距離エアロゾル感染のリスクは、マスクの着用や換気によってある程度は下げることができますが、二次感染やクラスターを防ぐには十分でない場合があることがわかりました。この場合、マスクの着用や換気に加えて、人との接触を避ける、時間を減らすことが有効な対策です。そして、有効な対策をとるためには、このようなエアロゾル感染のリスクが主要になる時期を、感染動向やウイルスの発生特性の研究から、早期に見極めることが重要と考えられます。同時に、体内のウイルス濃度を低減することが、感染リスクの低減に有効であることもわかりました。したがって、今後、ワクチン接種による発症時の体内ウイルス濃度の低減効果などを検証し、その感染予防効果を評価することも重要であると考えられます。

【"オール近大"新型コロナウイルス感染症対策プロジェクト】
近畿大学は、令和2年(2020年)5月から「"オール近大"新型コロナウイルス感染症対策支援プロジェクト」を始動させました。これは、世界で猛威をふるう新型コロナウイルス感染症について、医学から芸術までの研究分野を網羅する総合大学と附属学校等の力を結集し、全教職員から関連研究や支援活動の企画提案を募って実施する全学横断プロジェクトです。これまでに126件の企画提案が採択され、約2億3千万円の研究費をかけて実施しています。

【関連リンク】
医学部 医学科 講師 水越厚史(ミズコシアツシ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1889-mizukoshi-atsushi.html

医学部
https://www.kindai.ac.jp/medicine/

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