安価な有機ホウ素化合物を用いてマルチカラー円偏光発光を実現!
日本大学生産工学部応用分子化学科の池下 雅広助手、津野 孝教授と、近畿大学理工学部応用化学科の今井 喜胤准教授らの研究グループは、マルチカラー円偏光発光(CPL: Circularly Polarized Luminescence)※1 を示す有機ホウ素化合物※2 の開発に成功しました。CPLとは、分子が左回転または右回転の偏りを持つ光を発する現象であり、セキュリティ分野や三次元表示技術などの次世代光情報技術への応用が期待されています。本研究では、有機ELディスプレイの発光材料などとして近年注目を浴びている有機ホウ素化合物を用いて、青色から赤色の色彩豊かなCPLを発現させることに成功しました。さらに薄膜フィルムを作成することで、CPL特性を約20倍向上させることにも成功しました。本研究において、簡便かつ高価な貴金属試薬を用いないCPL材料の開発を達成し、将来的には三次元有機ELディスプレイなどへの実用化に繋がる可能性があります。
本研究成果は、令和4年(2022年)6月13日(月)に英国王立化学協会誌Physical Chemistry Chemical Physicsのオンライン版で公開されています。
【本件のポイント】
・次世代型光技術に応用可能な円偏光発光(CPL)材料を開発した。
・簡便かつ安価な手法でマルチカラー円偏光発光材料を創出することに成功した。
・薄膜フィルムを作成することでCPL特性の増強にも成功した。
【本研究の背景】
円偏光はらせん状に回転しながら伝搬する偏光のことをいい、その回転方向によって右円偏光および左円偏光に区別することができます。近年、右回転または左回転のどちらかに偏った光を過剰に発する現象である円偏光発光(CPL)に注目が集まっており、三次元ディスプレイや光暗号通信などへの応用に期待が高まっています。一般に、キラルな分子※3 は円偏光発光を示すことが知られており、これまでにより強いCPLを示す発光体の開発を目指した研究が進められてきました。しかしながら従来の円偏光発光材料では、多段階的で煩雑な合成・分離過程を必要とすることや、イリジウムやユーロピウムなどの高価な金属を必要とする分子設計が多く、より安価で簡便な合成手法の開発が求められていました。
【本研究の内容と成果】
研究グループは、効率的なCPLを示す新たな分子モチーフの開発を目的として、キラルな有機ホウ素化合物の合成およびその光学特性の調査を行いました。その結果、簡便かつ安価な手法で高いCPL特性を有する分子の開発に成功しました。
本研究では、高い蛍光発光能を有する有機ホウ素化合物の分子骨格にキラルな置換基を導入した化合物を設計・合成し、それらの発光およびCPL特性について検討しました。今回設計した有機ホウ素化合物は、市販の試薬から短いものではわずか2工程で簡便に合成可能であり、さらに市販の光学純粋な試薬を原料としているため、煩雑な光学分割※4 の作業も必要としません。合成した有機ホウ素化合物は紫外線照射化において溶液状態・固体状態ともに高い蛍光能を有しており、さらに分子修飾によって青色から赤色までの色彩豊かな発光色を示しました(図1)。また、全てのホウ素化合物は溶液状態でCPLを発していることが判明し、さらに薄膜フィルム状態を形成することでそのCPL強度が溶液状態と比較して約20倍も向上することがわかりました(図2)。
今回の研究は、CPL材料に新しい分子モチーフを提案すると同時に、簡便かつ安価なCPL材料の合成手法を提供するものであります。将来的には、円偏光有機ELなどの開発や、それに続く円偏光発光を利用した次世代型光デバイスの創出が期待できます。
【掲載誌情報】
掲載誌:
Physical Chemistry Chemical Physics(インパクトファクター:3.676/ 2019-2020)
論文名:
Multi-colour circularly polarized luminescence properties of chiral Schiff-base boron difluoride complexes
(キラルシッフ塩基配位子を有する二フッ化ホウ素錯体のマルチカラー円偏光発光特性)
著者:
池下 雅広1、鈴木 崇斗1、松平 華奈2、北原 真穂2、今井 喜胤3、津野 孝1
所属:
1 日本大学生産工学部応用分子化学科、2 近畿大学大学院総合理工学研究科、3 近畿大学理工学部応用化学科
DOI:10.1039/D2CP01861F
【研究支援】
本研究は、JSPS科研費 研究活動スタート支援(課題番号 JP21K20541)、JSPS科研費 挑戦的研究(萌芽)(課題番号 JP21K18940)、JSPS科研費 基盤研究(C)(課題番号 JP21K05234)、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業CREST研究領域「独創的原理に基づく革新的光科学技術の創成」(研究総括:河田 聡)研究課題「円偏光発光材料の開発に向けた革新的基盤技術の創成」JPMJCR2001(研究代表者:赤木 和夫)、2021年度 日揮・実吉奨学会研究助成金、令和3年度生産工学部若手研究者支援研究費の支援のもとに行われました。
【用語解説】
※1 円偏光発光(CPL: Circularly Polarized Luminescence)
光は電磁波であり、振幅の方向がある規則に従うものを「偏光」と呼ぶ。偏光は、振幅の方向が一定の面内にある「直線偏光」と、振幅の方向が時間の経過で円を描く「円偏光」に分けられる。キラルな発光体を光で励起する際に、右回転または左回転の円偏光の割合が偏った発光を示すことがあり、これを円偏光発光という。
※2 有機ホウ素化合物
ホウ素原子を含んだ有機化合物の総称。有機ELディスプレイの発光素子材料として応用が期待されており、一般的に高い発光特性をもつ。
※3 キラルな分子
右手と左手のように鏡像の関係にあり、重ね合わすことのできないものをキラルという。キラルな分子とは、その鏡像がそれ自身と重なり合うことがない分子であり、通常鏡像体関係にある有機化合物は物理的性質や化学的性質は等しい一方で、偏光が関与する光学的性質は異なる。
※4 光学分割
右手型と左手型の分子を分離する手法。クロマトグラフィ法・酵素法・結晶化法などがあり、一般的に煩雑な条件検討などを必要とする。
【関連リンク】
理工学部 応用化学科 准教授 今井 喜胤(イマイ ヨシタネ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/362-imai-yoshitane.html