AI技術を用いて複雑な分子構造を持つ物性の効率的予測に成功 分子構造の情報のみから物性予測が可能になり今後の効率的な材料開発に期待
近畿大学理工学部(大阪府東大阪市)機械工学科准教授 荒井規允(あらい のりよし)らの研究グループは、複雑な分子構造を持つ、界面活性剤分子の物性の予測に機械学習※1 を適用し、理想的な物性を持つ分子構造が予測可能であることの証明に初めて成功しました。洗剤や石鹸などで用いられている界面活性剤は水になじみやすい部分となじみにくい部分を併せ持った複雑な分子構造を持っており、このような機能性材料※2 を用いた製品開発には莫大な時間的・費用的コストがかかるという課題がありましたが、本研究により分子構造の情報のみから物性を予測する事が可能となり、工学分野など、あらゆる産業分野で効率的な材料開発が期待されます。
本研究成果は、平成30年(2018年)9月15日(土)AM8:00(日本時間)付で、世界に大きな影響を与える学術誌のひとつである国際科学誌 Nanoscaleにより出版されました。
※1 機械学習…AI技術の1つで、準備されたデータからコンピューターが反復的に学習し、データに潜む傾向を見つけ、未知のデータの予測を可能にする手法
※2 機能性材料…人類にとって有用な機能をもつ材料の総称。中でも電気、磁気、光、熱などの物理量が関係する材料群を対象で科学、工業の発展にとって、特に有益な材料
【本件のポイント】
●複雑な構造を持つ機能性材料の物性の予測に、機械学習が適用出来る事を証明
●洗剤や化粧品など身近な場面に使われている界面活性剤の複雑な分子構造の分析に、機械学習の手法を適用したのは世界で初
●機能性材料の製品開発における時間的・費用的コストの削減に貢献し、今後の効率的な技術革新に期待
【本件の概要】
国内外を問わず、近年、非常に注目を浴びている材料科学と情報科学の融合分野において、界面活性剤のような洗剤や化粧品、セメント等我々の生活の中で幅広く用いられている機能性材料への適用は強いニーズがある一方、その複雑な分子構造から膨大な計算処理が必要になり、機械学習の導入の実現ができずにいました。本研究では、分子シミュレーションと機械学習を組み合わせて、機能性材料の代表的な1つ、分子が自ら集合して物性を発現する機能性材料の物性測定に機械学習の適用が可能であることを世界で初めて証明しました。これにより、既存の材料開発の常識を覆す効率的な材料開発が可能になります。
【掲載誌】
雑誌名:“Nanoscale”(インパクトファクター:7.233 2018)
※ナノサイエンス及びナノテクノロジー全般に関する国際的に影響力のある学術
論文名:Multiscale prediction of functional self-assembled materials using machine learning: High-performance surfactant molecules
(機械学習を用いた機能性自己集合材料のマルチスケール物性予測)
著 者:井口拓弥(総合理工学研究科博士前期課程2019年修了見込み)、荒井規允(近畿大学理工学部機械工学科准教授)、李那(トヨタ自動車株式会社)、諸星圭(トヨタ自動車株式会社)
【研究の背景と詳細】
機能性材料は、分子構造を変化させることで様々な物性を得ることができるため、その分子設計は製品開発にとって非常に重要です。しかし、製品開発のための分子設計には、未だ確立した手法がないため、望みの機能を得るための試行錯誤的な実験が行われており、莫大な時間的・費用的コストが問題視されています。そこで、期待が寄せられているのは材料科学と情報科学の融合分野である「マテリアルズ・インフォマティクス※1」です。これまでの材料探索は研究者の経験と直感に依存していましたが、コンピューター上で高精度に計算した材料データベースやAI(人工知能)などを活用することで物質の特性を明らかにし、材料開発に要する時間とコストを大幅に削減することが期待されています。
過去の機械学習を用いた材料開発の研究は、主に低分子※2 を対象とした研究が行われてきました。しかし、我々の身の回りの製品の多くは、高分子※3 によって構成される機能性材料であり、その製品開発に機械学習を適用することには課題がありました。多くの機能性材料の物性は、分子構造だけでなく、分子が集まった形成される巨大な自己集合構造※4 にも依存しているからです。つまり、機能性材料の設計は、その両方の構造を考慮する必要があり、材料開発の大きな障壁となってきました。
そこで、荒井規允(あらい のりよし)らの研究グループは、機械学習による材料開発アプローチが、機能性材料の一つである界面活性剤の物性予測および分子構造の予測に対して有効であるかどうかについて検討を行いました。具体的には、分子シミュレーションによって界面活性剤分子の物性を解析し、得られた学習データからこちらで選別した物性を持つ界面活性剤分子構造を特定する研究です。元来、複雑な分子構造を持つ機能性材料は、原子・分子数が膨大になるため分子シミュレーションをすることが困難な研究対象ですが、今回は複雑な分子構造を簡略化(粗視化)し、分子シミュレーションを可能にしました。
この研究により、我々の生活に重要な機能性材料の情報を、分子が集まって形成される自己集合構造を考慮することなく、直接、分子構造から予測可能であることが証明されました。
【今後の展望】
今回、自己集合機能性材料の最も代表的な分子である界面活性剤分子の分子構造の探索を行いましたが、他にも多くの自己集合機能を持つ分子が存在します。例えば、光学分野で用いられる液晶分子や、人間の皮膚を構成する分子の一つである脂質分子も重要な自己集合機能性材料です。したがって、それぞれの分子の物性機能の発現に関する基礎的な知見を得る事で、界面活性剤以外の機能性材料に対しても機械学習を適用できるシステムの構築が可能になります。これにより、今後、化学・工学分野だけでなく光学・医学・生体学などの様々な分野での産業発展に貢献できると期待されます。
【用語解説】
※1 マテリアルズ・インフォマティクス:情報科学を通じて新材料や代替材料を効率的に探索する取り組みで、近年の「京」をはじめとするスーパーコンピュータの高性能化、材料科学データベースの大規模化、データ取得のリアルタイム化より可能となった技術であり、機械学習とも呼ばれています。
※2 低分子:数個から数百個の分子からなる分子。原子の結晶構造が物性に比較的反映されやすい
※3 高分子:数千個からの分子からなる分子。数多く分子が集合していることから原子の結晶構造が物性に反映されにくく、分子から物性の観測が比較的困難であることが特徴
※4 自己集合構造:比較的小さな分子が自然にあつまって構築される巨大で複雑な構造
【研究者プロフィール】
近畿大学 理工学部機械工学科 准教授 荒井規允(あらいのりよし)
専 門:分子シミュレーション、ソフトマター、固液界面現象
研究テーマ:ソフトマターの自己集合、分子モーター、閉じ込め系のモルフォロジー
分子シミュレーションを用いて燃料電池から生命の起源まで幅広い研究に取り組んでいる。今回の研究は李娜博士、諸星圭博士(トヨタ自動車株式会社)との共同研究の成果。
近畿大学大学院 総合理工学研究科 メカニックス系工学専攻博士前期課程 2回生 井口拓弥
学位論文「ナノ液滴界面での界面活性剤の自己集合に関する分子シミュレーション」
これまで学術誌1編、国際会議4編、国内会議2編の研究成果を発表。
2017年8月に“Taylor&Francis”の分子シミュレーション分野の研究全般を扱う国際学術誌“MolecularSimulation”に第一著者として投稿しており、2018年に本記事の研究テーマが第一著者として国際学術誌に掲載。
【関連リンク】
理工学部機械工学科 准教授 荒井 規允(アライ ノリヨシ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1228-arai-noriyoshi.html