雌性発生したロシアチョウザメから超メスの選抜に成功 養殖キャビア生産効率向上につながる研究成果

2023-12-14 14:00
雌性発生したロシアチョウザメ

宮崎県水産試験場内水面支場(宮崎県小林市)支場長 中村充志、主任研究員 中西健二、主任技師 三木涼平、技師 入木田敦と、近畿大学水産研究所新宮実験場(和歌山県新宮市)准教授 稻野俊直、助教 木南竜平、近畿大学大学院農学研究科(奈良県奈良市)水産学専攻博士前期課程1年 加納達海らの研究グループは、ジャパンキャビア株式会社(宮崎県宮崎市)の支援を受けて、ロシアチョウザメのZ染色体及びW染色体のDNA配列を検出するPCR検査法を開発し、雌性発生※1 させたロシアチョウザメの中から、W染色体だけを持つ超メス※2 候補を選抜することに成功しました。
本研究成果を用いて、超メス候補から全てをメスとして生産(全メス※3 化)できるようになれば、雌雄判別作業が不要となり、養殖キャビアの生産効率が大きく高まることで、大幅なコスト削減が期待されます。
なお、宮崎県水産試験場と近畿大学水産研究所は、チョウザメの全メス化技術の開発を目的として、令和5年(2023年)4月から共同研究を実施しています。

【本件のポイント】
●ロシアチョウザメのZ染色体及びW染色体のDNA配列を検出するPCR検査法を開発
●雌性発生によってW染色体だけを持つ超メスを作出し、全メスの生産をめざす
●本研究成果を用いて全メスの生産が可能になれば、雌雄判別が不要となり、養殖キャビアの生産効率向上にもつながる

【本件の背景】
ロシアチョウザメ(Acipenser gueldenstaedtii)は、カスピ海とその流入河川に分布する中型のチョウザメで、この種類から採卵された「オシェトラ」は中粒キャビアとして有名です。オシェトラはバランスの取れた味わいで、高級キャビアとして非常に評価が高いことから、キャビアを量産するための重要な養殖対象種として、世界的に注目されています。ロシアチョウザメは、養殖の場合、ふ化後7年程度でキャビア生産が可能になり、外見では雌雄を見分けることができません。そのため、生殖腺が発達するまでの数年間はオスも飼育する必要があり、キャビアの生産効率の低さが大きな課題となっています。
チョウザメの性を決定する染色体はZとWで表現され、Z染色体だけを持つオス(ZZ)と、Z及びW染色体を持つメス(ZW)が存在すると考えられています。近畿大学水産研究所新宮実験場では、先行研究において、メスの単性養殖のための技術開発を目的として、コチョウザメのオス、メスそれぞれの性染色体に特異的なDNA配列を同時に検出するPCR手法を開発しました。この技術を用いることで、雌性発生させた稚魚の中にW染色体だけを持つ超メスが存在していることを、世界で初めて証明しました。この技術を応用して、ロシアチョウザメについても雌性発生による超メスの作出が期待されています。

【本件の内容】
研究グループは、ロシアチョウザメの精子の紫外線処理※4 と、受精卵の温度処理を組み合わせることで、母親由来の染色体だけを持つ雌性発生を行い、大量の稚魚を得ることに成功しました。さらに、ジャパンキャビア株式会社の協力のもと、ロシアチョウザメのZ染色体及びW染色体のDNA配列を検出するPCR検査法を開発し、この手法を用いて雌性発生させた稚魚の中から、W染色体だけを持つ超メス候補を選抜しました。
超メスの卵からはメスのみが生まれると考えられるため、今後、ロシアチョウザメの全メス養殖の実現が期待できます。本研究によって得られた超メス候補から全メスを生産できるようになれば、チョウザメ養殖において生産者の大きな負担となっている雌雄判別作業が不要となり、キャビアの生産効率も格段に高まることから、ロシアチョウザメ養殖の振興に繋がることが期待されます。

図1 全メス生産の流れ。チョウザメは通常の交配によりオス(ZZ)とメス(ZW)が生まれ、雌性発生を行うとそれらに加えて超メス(WW)も生まれる。超メス(WW)とオス(ZZ)が交配すると、その子は全てがメスになる。今回開発したPCR検査法(図中央下の波形)により、超メス(WW)を判別することが可能となった。

【研究の詳細】
研究グループは、令和5年(2023年)5月に宮崎県水産試験場内水面支場において、2尾のロシアチョウザメA、Bから、33,600粒(840g)及び39,608粒(911g)を採卵し、それぞれ500g(A:19,789粒、B:22,169粒)を雌性発生させました。同時に実験の成否を確認するために、それぞれの卵を用いて、対照区(無処理精子を授精、受精卵温度処理なし)、半数体区(UV処理精子を授精、受精卵温度処理なし)を設けました。
特に、メス親魚Aから多数のふ化仔魚が得られ、メス親魚Aを用いた実験の受精率は全試験区で100%、胚体形成率※5 は対照区で81.5%、半数体区で58.4%、雌性発生区で59.6%でした。その後、対照区と雌性発生区は順調にふ化したものの、半数体区はふ化しなかったことから、雌性発生区と半数体区に用いた紫外線処理精子は遺伝的に不活性化されていることが検証されました(表1)。

表1 2尾のメス親魚ごとの雌性発生させた卵数、試験区別の受精率及び胚体形成率

次に、ジャパンキャビア株式会社から供与されたロシアチョウザメの雌雄それぞれのヒレを試料として、研究グループが先行研究で開発した、コチョウザメの雌雄判別と超メスの検出用のDNAマーカーを、ロシアチョウザメ用に改良しました。このDNAマーカーを用いて宮崎県水産試験場内水面支場で種苗生産されているロシアチョウザメの遺伝型を調べたところ、ZZ及びZWの個体が1:1の比率で確認され、このDNAマーカーにより遺伝型の判別が可能であると明らかになりました。さらに、実験で得られた受精卵及びふ化仔魚の遺伝型を調べた結果、Wの遺伝型を示す個体の割合は、対照区が57.5%、雌性発生区が88.3%、半数体区が50.8%であり、雌性発生区でWを持つ個体の割合が非常に高いことから、雌性発生に成功したと考えられました(表2)。

表2 実験で得られた受精卵とふ化仔魚の遺伝型の割合

さらに、雌性発生によって得られたふ化仔魚を継続飼育し、8月28日、29日に275尾から採取した鰓粘液※6 を用いて、ZZ/ZWの遺伝型を判別した結果、WW(超メス)と推定される個体が8.7%存在することが分かりました(表3)。

表3 ロシアチョウザメの雌性発生群の遺伝型の割合

得られた超メス候補から子を得ることができれば、全メス種苗の生産が可能となります。養殖現場において生産者の大きな負担となっている雌雄判別作業が不要になり、またキャビアの生産効率が格段に高まることから、本研究成果はロシアチョウザメ養殖の振興に繋がることが期待されます。
今後は、宮崎県水産試験場内水面支場において飼育しているロシアチョウザメ雌性発生群約1,000尾について、全個体の遺伝型を判別し、定期的に生殖腺の発達度合いを調査するとともに、超メス候補から全メス種苗が得られるかを調査する予定(7年後以降を想定)です。

【研究者のコメント】
中村充志(なかむらあつし)
所属  :宮崎県水産試験場内水面支場
職位  :支場長
学位  :学士(農学)
コメント:宮崎県は、昭和58年(1983年)からチョウザメの研究に着手し、4種の種苗生産技術を確立するとともに、官民連携により日本で初めて産業レベルでのキャビアの生産・販売に取り組んできました。今回の成果は、共同研究者である近畿大学の優れた研究技術が無ければ実現できませんでした。今後も相互協力により、日本のキャビア産業をリードしていきたいと考えています。

稻野俊直(いねのとしなお)
所属  :近畿大学水産研究所新宮実験場
職位  :准教授
学位  :博士(農学)
コメント:複数の手法でキャビア生産の効率化を図る研究に取組んでいますが、産業的価値の高いロシアチョウザメにおいて超メスを推定される稚魚を多数得られたことは世界的にも前例がありません。今回の成果は、共同研究者である宮崎県水産試験場が持つ優れた種苗生産技術が無ければ実現できませんでした。今後も相互協力により、更に研究を進めたいと考えています。

【用語解説】
※1 雌性発生:メス由来の遺伝情報のみから個体を発生させる方法。チョウザメの場合、精子の紫外線(UV)処理と受精卵の温度処理を組み合わせることで行う。
※2 超メス:チョウザメの性染色体はオスがZZ、メスがZWで表される。雌性発生により生じるWWのメスを超メスと称し、その子は全てメスが生まれる。
※3 全メス:通常に交配して生まれる仔魚が全てメスになること
※4 精子の紫外線処理:精子に紫外線を照射し、受精能を有したままオス親由来の染色体(遺伝情報)を破壊すること。
※5 胚体形成率:受精卵の発生過程において、脊椎の原形となる神経溝が形成された時点以降も発生を続けて生残している受精卵の割合。
※6 鰓粘液:魚の体表のヌメリの基になっている粘液と同様に、エラの表面を覆っている粘液。

【関連リンク】
水産研究所 准教授 稻野俊直(イネノトシナオ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2074-ineno-toshinao.html
水産研究所 助教 木南竜平(キナミリュウヘイ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2515-kinami-ryuhei.html

近畿大学水産研究所
https://www.kindai.ac.jp/rd/research-center/aqua-research/

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