生殖補助医療につながる革新的AI開発に成功 -不妊症の原因となる卵子の質の評価に応用可能-

2020-10-21 14:00
図1 3次元蛍光顕微鏡画像から細胞核を同定した結果

近畿大学生物理工学部の山縣 一夫准教授と慶應義塾大学理工学部生命情報学科の徳岡 雄大(博士課程3年)、舟橋 啓准教授、山田 貴大助教、東京大学生産技術研究所の小林 徹也准教授、山陽小野田市立山口東京理科大学の広井 賀子教授らのグループは、深層学習を用いることで、マウス受精卵の3次元蛍光顕微鏡画像から正確に細胞核を同定するアルゴリズム(QCANet)の開発に成功しました。また、QCANetは3つの生物種(マウス、線虫、ショウジョウバエ)の胚の核同定において、世界最高峰の核同定アルゴリズムとして知られる3D Mask R-CNNを凌駕することに成功しました。胚の質を定量的に評価する基盤技術が確立されたことより、再生医療、不妊治療などへの応用が期待されます。
本研究成果は学術雑誌npj Systems Biology and Applications誌Webサイトにてオンライン速報版が10月20日(英国時間)に公開されました。

【本研究のポイント】
●受精卵の細胞核を生きたまま連続観察するライブセルイメージングと深層学習を用いることで、マウス受精卵の分裂過程を世界最高の精度で自動的に評価することに成功した。
●一見、同じように発生している受精卵でも一つ一つの分裂の様子に「個性」があることがわかった。
●現在、不妊治療現場では胚培養士が目視で受精卵の質を評価しているが、今後は子につながる受精卵を選ぶための新たな判断基準を与えることが期待される。

【研究背景】
不妊症は世界で約4,850万組が罹患しており、不妊症への治療法のひとつに体外受精(IVF)がありますが、IVFの有効性は低く、国内での生殖補助医療による妊娠成功率は12.6%に留まっています。従来のIVF治療におけるヒト胚の評価は、熟練した胚培養士の形態学的分析に基づいた手作業でのスコアリングにより行われ、胚培養士間、医療センター間でのスコアリングが異なることがあり、胚の質の評価を行う上で子につながる受精卵を正確に評価することが困難でした。一方、顕微鏡技術やイメージング技術の向上に伴い様々なライブセルイメージング技術が確立されたことから、発生過程の時系列3次元蛍光顕微鏡画像の取得が可能となってきています。そこで発生機構の一端を明らかにすべく、発生過程の時系列3次元蛍光顕微鏡画像からセグメンテーション※1 などの画像解析により、染色体分配異常、卵割の同期性、発生速度などの定量的指標の獲得が試みられています。しかし、画像処理精度が低い為に発生過程における正確な定量的指標の獲得はいまだ困難とされています。そこで本研究では、深層学習アルゴリズムのひとつである畳み込みニューラルネットワーク(Convolutional Neural Network, CNN)を用いたセグメンテーションアルゴリズムを提案し、マウス胚のように50以上の細胞が密集した状態であっても正確に細胞核を同定し、マウス発生過程における定量的指標を獲得することを目指しました。

【研究内容・成果】
本研究で構築したアルゴリズムであるQuantitative Time-Series Criterion Acquisition Network(QCANet)は時系列マウス胚3次元蛍光顕微鏡画像の核セグメンテーションを行い、得られた時系列セグメンテーション画像からマウス発生過程の定量的指標を抽出します。QCANetは、核セグメンテーションを行うNuclear Segmentation Network(NSN)と核同定を行うNuclear Detection Network(NDN)の2つの学習器(AI)により構成されます。2つのAIが導き出した結果を合わせることで正確な細胞核の同定を行います。

本研究で開発したQCANetは、現時点で最高峰の精度を誇るインスタンスセグメンテーション※2(個々の細胞を同定する)アルゴリズムである3D Mask R-CNNを上回るインスタンスセグメンテーションを実現することに成功しました。また、QCANetはマウス胚だけでなく、線虫胚やショウジョウバエ胚に対しても、3D Mask R-CNNより高精度にインスタンスセグメンテーションを行うことが可能であることを示しました(図1)。QCANetにより得られた細胞核の数、位置、形状などの情報から、正常な胚と異常な胚を見極める定量的指標を獲得しました。

【今後の展開】
胚発生などの生体現象を明らかにすることを目的としたバイオ画像解析において、セグメンテーションは重要かつ挑戦的な課題です。本研究で開発したQCANetは、マウス、線虫、ショウジョウバエの3つのモデル生物において、世界最高精度で細胞核の同定を行えることがわかりました。線虫とショウジョウバエの蛍光顕微鏡画像には数百個の細胞から数千個の細胞まで、幅広い発生段階の画像が含まれていましたが、QCANetは幅広い発生段階に対応した核同定に成功しており、発生生物学の基盤となる、非常に有用なツールとなる可能性があります。
将来的にヒト胚への応用を考えた場合、非染色で胚の質を判断する定量的指標が必要になると考えられます。本研究ではモデル生物を対象としていたため、各胚に蛍光物質を導入し細胞核を染色していました。今後は非染色で撮像された顕微鏡画像から細胞核の同定を行う必要があると考えられ、今回得られた知見をもとに、当研究室では非染色画像から細胞同定を行うアルゴリズムの開発を進めています。

※ 本研究は日本学術振興会科学研究費助成事業(16H04731、20H03244、16H06155、19H05799、JP25712035、18H05528)、JST CREST(JPMJCR1927)などの助成や支援を受けて行われました。

【原論文情報】
タイトル:
3D convolutional neural networks-based segmentation to acquire quantitative criteria of the nucleus during mouse embryogenesis
タイトル和訳:
3次元畳み込みニューラルネットワークを用いたセグメンテーションによるマウス受精卵の定量的指標獲得
著者:
徳岡 雄大(1)、山田 貴大(1)、増子 大輔(2)、池田 善貴(2)、広井 賀子(3)、小林 徹也(4)、山縣 一夫(2)、舟橋 啓(1)
(1)慶應義塾大学 (2)近畿大学 (3)山陽小野田市立山口東京理科大学 (4)東京大学 生産技術研究所
掲載誌:
npj Systems Biology and Applications (DOI: 10.1038/s41540-020-00152-8)

<用語説明>
※1 セグメンテーション
画像から注目領域(本研究では細胞核)のみを抽出する画像処理技術。
※2 インスタンスセグメンテーション
画像から注目領域を抽出する際、複数の注目領域があった場合にそれらを個別に抽出する画像処理技術。本研究では、複数の細胞核をそれぞれ個々の細胞核として認識する。

【関連リンク】
生物理工学部 遺伝子工学科 准教授 山縣 一夫 (ヤマガタ カズオ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1365-yamagata-kazuo.html

生物理工学部
https://www.kindai.ac.jp/bost/

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