ナノサイズの3次元構造を有する高効率光熱変換材料の開発に成功 光で変換された熱を利用する触媒の新しい高活性化の手法を提案

2023-01-20 14:00
本研究の概要図

近畿大学理工学部(大阪府東大阪市)応用化学科教授 多田 弘明、准教授 副島 哲朗らの研究グループは、革新的なナノサイズの物質(ナノ材料)に関する研究に取り組み、安価で環境負荷が小さい化合物を用いて、3次元構造のナノ材料を簡単に合成することに成功しました。また、このナノ材料は3次元構造を取ることによって、光を熱に効率的に変換し、その熱を用いて触媒※1 として高活性に機能することを明らかにしました。本研究成果は、光熱変換について高い変換効率を達成するための新しい指針を示すとともに、環境負荷を抑えて水素エネルギーを取り出すといった、さらなる触媒の開発への貢献が期待できます。
本研究に関する論文が、令和5年(2023年)1月13日(金)に化学分野の国際学術誌"Chemical Communications(Royal Society of Chemistry)"に掲載されました。

【本件のポイント】
●安価で環境負荷が小さいマンガン酸化物を用いて、3次元構造のナノ材料の簡便な合成に成功
●合成したナノ材料は、3次元構造にすることで、光を熱に変換する触媒として高効率に機能することを解明
●光熱変換材料の高性能化に新しい指針を示し、さらなる触媒開発に貢献できる研究成果

【本件の背景】
ナノサイズ(ナノメートル=10億分の1メートル)の材料は、適切な形状・構造にすることで、従来サイズの材料と比較して、強靭性、電気伝導性、熱伝導性が向上し、医療や電子機器をはじめとする幅広い分野での活用が期待されています。近年、新しい機能を求めて、棒状、ワイヤー状、シート状など様々な形状のナノ材料が合成されています。
ナノ材料の応用例の一つに、照射される光を熱に変換して触媒表面を局所的に加熱することで、触媒反応を促進させるものがあります。これは、「フォトサーマル触媒※2」(図1)と呼ばれ、例えば、水から水素を取り出す反応を促進させ、燃料電池のエネルギーとして利用する、といった活用法があります。これまでは、フォトサーマル触媒として、一般的にナノ粒子の溶液が用いられてきました。一方、近年、ナノ材料のひとつとして、ナノワイヤーアレイ※3 と呼ばれるナノサイズの剣山のような構造(図2)のものが研究されています。これは、3次元構造内で光が効果的に吸収され、熱を閉じ込めることによって、効率的な光熱変換特性を示すことが期待されていますが、ナノワイヤーアレイ自体の合成に高価な機器が必要で、手順も複雑であるなどの理由から、特に触媒反応の分野において実現には至っていません。また、現状、フォトサーマル触媒で利用できる光は可視光に限られており、太陽エネルギーの半分を占める近赤外光は利用できません。フォトサーマル触媒でより高効率に光を熱へ変換するためには、近赤外光の利用が求められます。

図1 フォトサーマル触媒の模式図。光を熱エネルギーに変換し、その触媒活性が発現・向上する。(左)、図2 特徴的なナノワイヤーアレイ構造による光の多重散乱と高効率的な吸収。(右)

【本件の内容】
研究グループは、安価で入手しやすく、環境負荷が小さいマンガン酸化物を原料として選択し、100℃以下の低温で簡単にナノワイヤーアレイを高密度に合成する方法を開発しました。また、合成した材料を400℃程度で加熱処理することによって、可視光のみならず近赤外光も吸収することを明らかにしました。
さらに、加熱処理したナノワイヤーアレイについて、フォトサーマル触媒活性を評価しました。その結果、ナノワイヤーアレイは、従来の溶液状態の触媒と比較して、活性が著しく向上することが明らかになりました。本研究は、環境負荷が小さい原料を用いた触媒を、3次元構造にして高活性化するという、触媒の新しい設計指針を示すものであり、今後、環境負荷を抑えて高効率に水素エネルギーを取り出すといった、さらなる触媒の開発への応用が期待できます。

【論文掲載】
掲載誌 :Chemical Communications(インパクトファクター:6.065@2022)
論文名 :
Facile synthesis of single-crystalline MnO2 nanowire arrays with high photothermal catalytic activity
(高い光熱触媒活性を有する単結晶MnO2ナノワイヤーアレイの簡便合成)
著者  :
副島 哲朗1,2*、井上 晴輝2、江頭 圭吾2、エン ヨウソウ2、多田 弘明1,2*
*責任著者
所属  :1 近畿大学理工学部応用化学科、2 近畿大学大学院総合理工学研究科
論文掲載:https://doi.org/10.1039/D2CC06241K

【本件の詳細】
マンガン酸化物は、天然に豊富に存在し、安価で環境負荷が小さく、さらに、多様な結晶構造や酸化状態に由来する特異な化学的・物理的特性を示します。そのため、触媒、磁性材料、センシング材料、電気化学(リチウムイオン電池)などの幅広い分野で注目を集め、研究されてきました。一方、マンガン酸化物のナノワイヤーアレイ構造は、これまで、水熱合成法※4 や、貫通した孔を持つ酸化アルミニウムの薄膜を利用する合成法が検討されてきました。しかし、これらの手法は高価で特殊な器具や煩雑なプロセスが必要であるため、マンガン酸化物のナノワイヤーアレイの研究はあまり進んでいませんでした。
研究グループは、マンガン酸化物の一種である水酸化酸化マンガン(γ-MnOOH)のナノワイヤーアレイについて、100℃以下の低温で、簡単に合成する方法を初めて見出しました(図3)。具体的には、マンガンイオン、過酸化水素、ヘキサメチレンテトラミンなど、いずれも安価で入手できる物質を水に溶かし、この液体に基板を入れてフタをし、乾燥機(加熱機)の中に入れて85℃で数時間置くという方法です。これにより、きわめて高密度で単結晶性のMnOOHナノワイヤーを基板から成長させることができました。

図3 きわめて簡単に合成可能な酸化マンガン(γ-MnOOH)ナノワイヤーアレイ。一般的な実験系研究室であれば合成可能。

また、この材料を400℃程度で加熱処理をすることによって、単結晶性ナノワイヤーアレイ構造を保ったままで、マンガン酸化物の中で高い触媒活性を有することで知られるβ-MnO2ナノワイヤーアレイへと変換することができました。また、分光学的な測定の結果、β-MnO2ナノワイヤーアレイは、可視域から近赤外域の広範囲にわたる光を吸収することがわかりました(図4)。
次に、合成したナノワイヤーアレイの触媒活性を評価しました。具体的には、生体中に含まれる様々な金属イオンや生体分子の検出にも利用されている、o-フェニレンジアミン(OPD)から2,3-ジアミノフェナジン(DAP)への酸化反応を用いて、β-MnO2ナノワイヤーアレイのフォトサーマル触媒活性を評価しました(図5)。まず、OPDの溶液中にβ-MnO2ナノ粒子を分散させ、光照射下・暗所下の両方で触媒活性を評価すると、光照射をしても活性が1.1倍とほとんど増加せず、β-MnO2ナノ粒子がフォトサーマル触媒としてほとんど機能しないことがわかりました。一方、同様の実験を3次元構造のβ-MnO2ナノワイヤーアレイに対して行うと、光照射下における活性が2.5倍となり、著しい活性向上が見られました(図6)。これは、ナノ粒子の分散液と薄膜で、光照射されて触媒反応が進行する体積に大きな差があることを考慮しても、従来の発想では得られない活性向上が達成できているといえます。
大幅な活性向上の理由は、以下2点が考えられます。ナノワイヤーアレイの特異な3次元構造により、入射される光が多重散乱され、きわめて高効率にβ-MnO2に吸収されたため、また、ナノワイヤーが高密度で成長したβ-MnO2ナノワイヤーアレイでは、近傍に密集して存在するナノワイヤー同士による熱エネルギーの集中が起きたためです。これは、ナノ粒子の分散液と全く異なる光熱変換プロセスが達成できていることを示しています。
これにより、可視光のみならず近赤外光も吸収でき、かつ高効率なフォトサーマル触媒の開発に成功し、今後の触媒開発に様々な示唆をもたらすと期待できます。

図4 今回用いたβ-MnO2の一般的な光を吸収するスペクトル(黒線)と、地表に届く太陽光エネルギー(橙色部分)。従来からよく研究されてきた貴金属ナノ粒子で廃棄されていた近赤外光も利用できる。
図5 今回フォトサーマル触媒としての活性評価に用いた反応(左)、図6 DAPの生成量に関する経時変化をプロットした触媒活性評価の結果。実線:光照射、点線:暗所。黒色はβ-MnO2粒子の結果で、光照射しても全く活性が変化しない一方、ナノワイヤーアレイはきわめて大きな活性増大が見られる。(右)

【研究者のコメント】
副島 哲朗(そえじま てつろう)
所属  :近畿大学理工学部 応用化学科
職位  :准教授
学位  :博士(工学)
コメント:
本研究には様々な新しい知見が詰め込まれており、特にマンガン酸化物ナノワイヤーアレイの高い光熱変換特性は、近年注目を集める光熱変換や熱電変換材料の分野において高いインパクトを示す結果です。また、ナノワイヤーアレイは多様な分野で機能向上が期待される構造で、マンガン酸化物は触媒のみならずリチウムイオン電池の電極など多くの機能を示す材料です。手軽に合成できるマンガン酸化物ナノワイヤーアレイは、今後、電池、センサー、熱電変換など様々な分野で利用されることが期待されます。

【研究支援】
本研究は、日本学術振興会による科研費(課題番号20K05275、20K05674)ならびに日本板硝子材料工学助成会による研究助成の支援を受けて行われました。

【用語解説】
※1 触媒:特定の化学反応を速める性質がある物質で、その物質自体は化学反応の前後で変化しないもの。化学工業的にきわめて重要な物質で、代表的なものとして、化学製造における基礎的な窒素源になるアンモニアは、鉄系の化合物が触媒となり製造が可能となる。ほとんどの工業的な触媒を用いた化学反応では、熱エネルギー(加熱)が必要となる。
※2 フォトサーマル触媒:光を照射して熱エネルギー(熱)に変換するものを光熱材料と呼ぶ。光熱変換プロセスは、太陽光の直接変換であり、他の太陽光エネルギー利用技術と比較して、最大限のエネルギー変換効率を発揮できる。このようにして得られた熱エネルギーを元に、高い触媒性能を発揮するものを、フォトサーマル触媒と呼ぶ。
※3 ナノワイヤーアレイ:直径がナノメートルの範囲に収まるもので、ワイヤーのように細長い形状をしたものをナノワイヤーと呼ぶ。そのナノワイヤーが基板から剣山のように成長したものをナノワイヤーアレイと呼ぶ。アレイとは英語でarrayで、日本語訳としては「配列、整列、多量」などの意味がある。
※4 水熱合成法:高温・高圧の条件において、溶媒である水が化学反応に関わるものを水熱反応と呼ぶ。このうち、化学材料の合成に水熱反応を利用したものを水熱合成法という。高温・高圧の状況を作り出すために耐圧・耐化学反応性の特殊な容器が用いられ、その容器の中で水熱反応が進行する。

【関連リンク】
理工学部 応用化学科 教授 多田 弘明(タダ ヒロアキ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/929-tada-hiroaki.html
理工学部 応用化学科 准教授 副島 哲朗(ソエジマ テツロウ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/378-soejima-tetsurou.html

理工学部
https://www.kindai.ac.jp/science-engineering/

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