キャベツを強制的に開花させるために必要な花成ホルモン量を推定 ―花を咲かせにくい植物の開花誘導技術の開発に期待―
【概要】
京都大学大学院農学研究科附属農場 元木 航 助教、中﨑 鉄也 同教授、近畿大学農学部農業生産科学科 細川 宗孝 教授らの共同研究グループは、花成ホルモンであるフロリゲン※1 の定量解析を通して、野菜の中でも花を咲かせにくい性質をもつキャベツを強制的に開花させるために必要なフロリゲンの量を推定し、接ぎ木による開花制御技術の実用化へ向けた重要な知見を得ました。
開花誘導された植物への接ぎ木※2 を通してフロリゲンを移行させることにより、本来は開花しない条件下にある植物を強制的に開花させられることは、古くから知られています。この現象は農作物の開花誘導技術としての利用が期待されてきましたが、実際には接ぎ木による開花誘導が困難あるいは不安定な植物種も多く、この技術を植物一般に実用化するには至っていません。本研究では、野菜の中でも花を咲かせにくい性質をもつキャベツが、特定のダイコン系統に接ぎ木された時にのみ開花する現象に着目しました。フロリゲンの実体であるFLOWERING LOCUS T(FT)タンパク質を、新規に開発した抗体を用いて定量した結果、接ぎ木されたキャベツ穂木は少量のFTの蓄積では開花せず、一定量以上の蓄積を開花に必要とすることが推察されました。また穂木にFTが高蓄積するためには、ダイコン台木におけるFT遺伝子の高発現に加えて、葉の十分な発達も重要であることを実験的に示しました。本研究の成果は、フロリゲンの量的な制御を通して、花を咲かせにくい植物の開花を誘導する技術の開発に繋がることが期待されます。
本研究成果は、2022年9月5日(現地時刻)に、国際学術誌「Plant and Cell Physiology」にオンライン掲載されました。
【背景】
開花誘導された植物に接ぎ木をすることにより、本来は開花しない条件にある植物を開花させることができます。この現象は、開花誘導された台木植物で合成されるフロリゲンであるFTタンパク質が、接ぎ木部を介して穂木へ移行することにより引き起こされることが明らかにされてきました。しかし、植物種によっては接ぎ木による開花誘導が困難あるいは不安定であり、接ぎ木による開花誘導技術の育種や採種への応用は一部の植物種に限られてきました。
本研究グループは、世界中で生産される重要な野菜であるキャベツを対象として、接ぎ木による開花誘導技術の開発に取り組んできました。キャベツは長い幼若期間※3 と強い低温要求性※4 によって、野菜の中でも花を咲かせにくい性質をもっています。そのため、開花誘導に時間と労力がかかることが育種や採種上の問題となっており、短期間で開花を誘導できる技術の開発が求められてきました。これまでの研究により、キャベツ同士の接ぎ木ではキャベツを開花誘導できない一方で、同じアブラナ科の野菜であるダイコンの特定の系統に接ぎ木することによってキャベツを開花誘導できることが明らかとなっています(香川,1957;Motokiら, 2019)。しかし、キャベツの開花誘導の成否にフロリゲンがどの様に関わっているのか、またキャベツを開花させる台木植物にはどのような性質が必要とされるのかは不明でした。
【研究手法・成果】
本研究では、キャベツの開花誘導の成否にフロリゲン蓄積の量的な違いが関与している可能性を検証するため、開花誘導した複数種の台木への接ぎ木によって異なる開花反応を示したキャベツ穂木について、定量ウエスタンブロット解析※5 によりFTタンパク質の蓄積量を測定しました。この解析には、本研究で新規に開発したFTタンパク質に対するペプチド抗体※6 を用いました。その結果、接ぎ木後35日目のキャベツ穂木に蓄積していたFTの量は、台木の種類によって大きな差が見られることが分かりました(図2A)。FTの蓄積量は最終的に花芽分化に至った穂木と栄養成長を続けた穂木との間で有意に異なったことから、穂木は少量のFTの蓄積では開花できず、一定量以上の蓄積を開花に必要とすることが推察されました(図2B)。また、穂木が出蕾するまでの日数や開花数といった開花に関わる指標と、穂木におけるFTの蓄積量との間に正の相関が認められました。このことから、台木間でみられるキャベツ穂木の開花反応の違いは、穂木におけるFT蓄積量の違いによって生じていると考えられました。さらに種子低温処理、日長処理および摘葉処理によって、台木の状態を変化させて接ぎ木実験を行い、穂木にFTを蓄積させるために重要な台木の要因を探索しました。その結果、台木のFT遺伝子発現量および葉面積と、穂木におけるFT蓄積量との間に正の相関が認められました。従って、穂木にFTを十分に蓄積させて開花を誘導するには、台木におけるFT遺伝子の高発現に加えて、葉の十分な発達も必要であることが判明しました。
【波及効果、今後の予定】
本研究の結果から、接ぎ木による開花誘導が難しいと考えられてきた他の植物種においても、穂木へのフロリゲンの蓄積量を増加させることにより、開花誘導を成功させられる可能性が示されました。穂木にフロリゲンを蓄積させるために必要な台木植物側の要因についても本研究で明らかにしたことにより、今後、他の植物種における開花誘導技術の開発が飛躍的に進むと考えられます。ダイコンへの接ぎ木を利用した開花誘導技術については、すでに複数の種苗会社とともに、育種および採種現場での利用に向けた実証研究を開始しています。今後は、台木植物のフロリゲン供給能力に違いを生む遺伝的要因を明らかにすることにより、フロリゲンをより強力に供給し、季節や場所を問わず植物を自由自在に開花させる"花咲か台木"の育種基盤を構築したいと考えています。
【研究プロジェクトについて】
本研究は、近畿大学農学部特別研究費(細川 宗孝)、日本学術振興会 科学研究費補助金・特別研究員奨励費 19J15038(元木 航)、若手研究 20K15518(元木 航)、の支援を受けて実施しました。
【用語解説】
※1 フロリゲン:植物において開花誘導条件下の葉で合成され、茎頂へと移行して花芽の形成を誘導するシグナル物質として提唱された植物ホルモン。花成ホルモンとも呼ばれる。FTタンパク質がその主要な構成要素であると考えられている。
※2 接ぎ木:植物体の一部を切り離し、別個体とつなぎ合わせることにより、新しい個体を作る技術。根をもつ土台となる植物を台木、台木に接ぎ木される植物を穂木と呼ぶ。
※3 幼若期間:植物が発芽してから、花芽を形成する能力を獲得するまでの期間。
※4 低温要求性:開花誘導のために一定期間の低温に遭遇することを必要とする性質。
※5 ウエスタンブロット解析:タンパク質の解析手法の一つで、電気泳動によるサイズ分離、メンブレンへの転写および抗原抗体反応を組み合わせることにより、特定のタンパク質を検出する。
※6 ペプチド抗体:標的タンパク質の部分配列を抗原として作成した抗体。
【研究者のコメント】
本研究は「キャベツ同士ではなく、なぜかダイコンに接ぎ木した場合にキャベツがよく開花する」という不思議な現象に基づいています。この現象は50年以上も前に日本人研究者によって発見されたものです。先人の観察眼に敬意を表するとともに、このような面白い現象に取り組み、農学的に発展させる機会に恵まれたことを嬉しく思っています。(元木 航)
【論文タイトルと著者】
タイトル:Quantitative analysis of florigen for the variability of floral induction in cabbage/radish inter-generic grafting
(キャベツ/ダイコン属間接ぎ木における花成誘導のばらつきに関するフロリゲンの定量解析)
著者 :Ko Motoki, Yu Kinoshita, Ryohei Nakano, Munetaka Hosokawa, Tetsuya Nakazaki
掲載誌 :Plant and Cell Physiology
DOI :10.1093/pcp/pcac098
【関連リンク】
農学部 農業生産科学科 教授 細川 宗孝(ホソカワ ムネタカ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2167-hosokawa-munetaka.html