EGFR遺伝子異変を有する肺がん患者に新たな治療法の確立 従来の治療法から再増悪リスクを40%以上減少へ

2019-10-05 07:30

近畿大学医学部(大阪府大阪狭山市)内科学教室(腫瘍内科部門)教授 中川 和彦は、肺がん領域では日本人初のグローバルPI(Principal Investigator:治験を主導する責任者)として、EGFR遺伝子変異を有する肺がん患者に対しての新たな治療法を確立しました。
「EGFR」とは、がん細胞が増殖するためのスイッチのような役割を果たしているタンパク質のことで、がん細胞の表面にたくさん存在しています。このEGFRを構成する遺伝子の一部に変異があると、がん細胞を増殖させるスイッチが常にオンとなっているような状態となり、がん細胞が限りなく増殖してしまいます。特に国内では肺腺がん患者の半数がこの変異を有するとされています。
今回、考案したラムシルマブ+エルロチニブの薬剤併用療法は、従来の治療法と比較して再増悪リスクを40%以上減少させる事を証明しました。今後、この治療法がEGFR遺伝子変異を有する肺がん患者の新たな1次治療になることが期待されています。
本件に関する論文が、令和元年(2019年)10月5日(土)7:30(日本時間)、世界五大医学雑誌のひとつThe Lancetの関連雑誌で、がんに特化した医学雑誌”The Lancet Oncology (IF:35.386)”にオンライン掲載されました。

【本件のポイント】
●近畿大学医学部が肺がん領域では世界初となる日本人PIを要して、世界共同治験を主導
●ラムシルマブ+エルロチニブの薬剤併用療法にて、従来の治療法と比較して再増悪リスクを40%以上減少させる事を証明
●EGFR遺伝子変異を有する肺がん患者の新たな1次治療になることが期待

【研究の背景】
肺がんは、日本において年間約7万人が死亡する、死亡数の多い病気の一つです。手術や放射線などの治療法がありますが、体内の離れた箇所に転移している場合や、病状が進行し、腫瘍が大きい場合には全身に行き渡る薬物療法が重要です。肺がんの中で最も多くを占めるのは腺がんと言われるタイプですが、国内では肺腺がん患者の半数がEGFR遺伝子変異を有するとされています。EGFR遺伝子変異が腫瘍から見つかる患者にはEGFRチロシンキナーゼ阻害薬(EGFR-TKI)が有効とされています。しかし、その多くの場合では1年程で効果が薄れ、抵抗性を示すことから、非小細胞肺がんにおけるEGFR遺伝子変異は、世界的な問題で治療法の更なる進歩が期待されてきました。また、EGFRの阻害に加え悪性腫瘍の進展において重要な役割を持つ血管新生に関連する血管内皮細胞増殖因子受容体(VEGFR)を阻害することが有効であることが最新の研究によって明らかにされ、ダブルブロックを可能とする新しい治療法の開発が長い間望まれていました。

【論文掲載】
論 文 名:Ramucirumab plus erlotinib in patients with untreated EGFR-mutated a
      dvanced non-small-cell lung cancer (RELAY)
      :a randomised,double-blind,placebo-controlled,phase 3 trial
掲 載 誌:The Lancet Oncology(IF:35.386)
共筆頭著者:中川 和彦 近畿大学医学部内科学教室(腫瘍内科部門)
      Kazuhiko Nakagawa,Edward B Garon,Takashi Seto,Makoto Nishio,
      Santiago Ponce Aix, Luis Paz-Ares,Chao-Hua Chiu,Keunchil Park,
      Silvia Novello,Ernest Nadal,Fumio Imamura,Kiyotaka Yoh,
      Jin-Yuan Shih,Kwok Hung Au,Denis Moro-Sibilot,Sotaro Enatsu,
      Annamaria Zimmermann,Bente Frimodt-Moller,CarlaVisseren-Grul,
      Martin Reck,for the RELAY Study Investigators

【研究詳細】
本治療法の承認申請を目的とした国際共同比較第3相試験(RELAY試験)は治験依頼者である日本イーライリリー株式会社の研究費で実施されました。世界13カ国100施設が参加して実施されたグローバル試験ですが、対象患者であるEGFR肺癌は東アジア人に多いため、日本イーライリリー株式会社が試験運営の中枢を担い、グローバルPIとして近畿大学医学部 腫瘍内科 教授 中川 和彦医師のリーダーシップのもと日本主導で進められました。
試験では、EGFR-TKIのエルロチニブ(タルセバ)と抗VEGFR-2抗体であるラムシルマブ(サイラムザ)の併用療法群(ラムシルマブ群)と、エルロチニブとプラセボ(本物の薬のように見える外見をしているが、薬として効く成分は入っていない、偽物の薬。治験薬の有効性を科学的に明らかにするために用いられる)を併用する群(プラセボ群)が比較検討されました。世界各国で449人が参加し、約半数におよぶ218人は日本から登録されました。また、日本人集団のリキッドバイオプシー※1 を用いたバイオマーカー研究を近畿大学ゲノム生物学教室 教授 西尾 和人教授が主導しました。
本試験の主要評価項目である無増悪生存期間※2 は、エルロチニブ+ラムシルマブ併用群(ラムシルマブ併用 群)においてエルロチニブ+プラセボ併用(プラセボ群)と比較して統計学的に有意に延長していることが証明されました。
PFS中央値は、併用群で19.4カ月(95%信頼区間:15.4-21.6)、プラセボ群で12.4カ月(95%信頼区間:11.0-13.5)、ハザード比※3 は0.591(95%信頼区間:0.461-0.760)、p<0.0001との結果です。患者背景の違いは加味しなければならないものの、この試験で示されたラムシルマブ群のPFS中央値はこの領域で報告されている他のどの試験よりも長く、新しい治療法として期待されます。また、これまでの試験結果と大きく異なるのは、EGFR遺伝子変異のサブタイプ(Exon19欠失およびxon21 L858R変異)のいずれにもラムシルマブ併用による一貫した治療効果が観察されていることです。これは、これまでPFSの延長が伸び悩んでいたExon21 L858R変異を有する非小細胞肺患者にとってはより期待される結果であったことが考察されています。また、EGFR-TKIに抵抗性を示す原因の約半数を占めるEGFR T790M発現率は、ラムシルマブ併用群とプラセボ群の間に差は無く、ラムシルマブをエルロチニブに併用することでT790M発現率に影響を及ぼさないことが確認されました。このことは、エルロチニブ+ラムシルマブ併用療法の後に第III世代のEGFR-TKI※4 に効果的に繋げられる可能性が示されたことも重要なポイントです。

【用語解説】
※1 リキッドバイオプシー
液性検体(血液、尿、唾液など)を用いて、遺伝子検査などを行う手法の総称。検体の採取が容易であり、低侵襲で繰り返し採取出来るメリットがある。

※2 無増悪生存期間 PFS(progression-free survival)
抗がん剤の治療成績の評価に一般的に用いられる指標であり、試験登録日もしくは治療開始日から病勢増悪もしくは死亡が確認されるまでの期間と定義される。中央値を代表値として表現することが多い。

※3 ハザード比
ハザード比とは統計学上の用語で、臨床試験などで使用する相対的な危険度を客観的に比較する方法。ある臨床試験で検討したい新治療法Aと比較対象の標準治療法Bとを比べたとき、ハザード比が1であれば2つの治療法に差はなく、ハザード比が1より小さい場合には治療Aの方が有効と判定され、その数値が小さいほど有効であるとされる。例えばA薬と対象のB薬を比較するというある臨床試験でハザード比が0.94という結果であれば、A薬はB薬よりリスクを6%減少させたという意味になる。

※4 第III世代のEGFR-TKI
第I世代EGFR-TKI(ゲフィチニブ、エルロチニブ)、第II世代EGFR-TKI(アファチニブ、ダコミチニブ)の治療の耐性メカニズムの約50%はT790Mという耐性遺伝子変異が発現するためにEGFRの立体構造が変化してもはや第I、第II世代のEGFR-TKIがEGFRと結合できなくなるためにと考えられている。第III世代EGFR-TKIはT790Mの入った立体構造に合わせて考案されたEGFR-TKIであり、T790M陽性進行非小細胞肺癌患者の第一選択薬とされている。

【関連リンク】
医学部 医学科 教授 中川 和彦(ナカガワ カズヒコ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/755-nakagawa-kazuhiko.html

医学部 医学科 教授 西尾 和人(ニシオ カズト)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/757-nishio-kazuto.html

無増悪生存(PFS)
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