出産前後の性ホルモン変化と「産後うつ」との関連を解明

図1.妊娠中期から産直後にかけての母体血中プロゲステロン値の変化 産後1ヶ月でうつ症状を有する母親では、妊娠中期から産直後にかけての性ホルモンの低下率が有意に大きい。
図1.妊娠中期から産直後にかけての母体血中プロゲステロン値の変化 産後1ヶ月でうつ症状を有する母親では、妊娠中期から産直後にかけての性ホルモンの低下率が有意に大きい。

【研究のポイント】
●妊産婦の「産後うつ(注1)」と血中の性ホルモン濃度との関連は示唆されてきたが、そのメカニズムは明らかになっていない。
●「産後うつ」を示した母親では、妊娠中期(注2)から出産直後にかけての性ホルモン(注3)(プロゲステロン)の低下率が大きく、また、出生児の臍帯血(注4)中の性ホルモン濃度が高いことが明らかになった。
●これらの知見より、性ホルモンをより多く産生する胎盤・胎児の分娩が、産後の母親の血中の性ホルモン濃度の大きな低下をもたらし、このことが「産後うつ」症状に寄与している可能性が示された。

【研究概要】
妊産婦の「産後うつ」と血中の性ホルモン濃度との関連はこれまでも示唆されてきましたが、そのメカニズムは不明でした。近畿大学東洋医学研究所の武田 卓教授、東北大学大学院医学系研究科の菊地 紗耶助教、富田 博秋教授、有馬 隆博教授、八重樫 伸生教授らのグループは、環境省が進めている子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査(注5))宮城ユニットセンターにおける東北大学独自の追加調査の調査参加者を対象に、出産前後の血中の性ホルモン濃度を測定し、「産後うつ」との関係を分析しました。
その結果、「産後うつ」を示した母親では、妊娠中期から出産直後にかけての性ホルモン(プロゲステロン)の低下率が大きいうえに、出生児の臍帯血中の性ホルモン濃度が高いことが明らかになりました。本研究は、産後うつと性ホルモンの関連を明らかにし、「産後うつ」の生物学的メカニズムの解明に貢献することが期待されます。
研究成果は、2021年1月4日、Depression and Anxiety(電子版)に先行掲載されました。

【研究内容】
妊産婦の「産後うつ」と血中の性ホルモン濃度との関連は示唆されてきましたが、そのメカニズムは明らかになっていません。本研究では、出産前後の母体血中の性ホルモンと臍帯血中の性ホルモン濃度を測定し、これらの濃度と周産期の抑うつ症状との関連の有無を明らかにしました。
今回、東北大学大学院医学系研究科の菊地 紗耶(きくち さや)助教、富田 博秋(とみた ひろあき)教授、有馬 隆博(ありま たかひろ)教授、八重樫 伸生(やえがし のぶお)教授、近畿大学東洋医学研究所の武田 卓(たけだ たかし)教授らのグループは、「産後うつ」における性ホルモンの影響を報告しました。エコチル調査宮城ユニットセンターの調査への登録者204例を対象とし、妊娠初期、中期、産直後の血漿中の性ホルモン(プロゲステロン、エストラジオール、テストステロン)および臍帯血中の性ホルモンを測定した結果、産後1ヶ月にうつ症状を示した母親では、妊娠中期から出産直後にかけての性ホルモンの低下が大きく、また、出産直後の血中プロゲステロンが低いことが明らかになりました(図1)。さらに、産後1ヶ月にうつ症状を示した母親から出生した児の臍帯血中の性ホルモン濃度は、うつ症状のない母親から出生した児に比べ高いことも明らかになりました。

結論:これらの知見は、性ホルモンをより多く産生する胎盤・胎児が分娩されると、産後の母親の血中の性ホルモンが大きく低下し、その性ホルモンの急激な低下が産後うつ症状に寄与している可能性を示唆しています。本研究は、産後うつと性ホルモンの関連を明らかにし、「産後うつ」の生物学的メカニズムの解明に貢献することが期待されます。

支援:本研究は、環境省による環境研究総合推進費、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構による脳科学研究戦略推進プログラム、文部科学省科学研究費補助金の支援を受けて行われました。

【用語説明】
(注1)産後うつ:産後、多くの母親に3日以内に悲しさや惨めさなどの感情が出現し、2週間以内に治まるが、この状態はマタニティーブルーと呼ばれる。さらに、顕著な抑うつ症状が数週間から数カ月間続き、日常生活に支障が出ることで、うつ病の診断基準を満たす状態になる場合、「産後うつ(病)」と呼ばれる。「産後うつ」は、出産後、約10~15%の女性に発症すると試算される。近年、自殺との関連性が注目されており、対策が求められている。
(注2)周産期、妊娠初期・中期:周産期とは「妊娠22週から生後7日未満」までの期間を指す。妊娠期間は、妊娠初期(~15週6日)、妊娠中期(16週0日~27週6日)、妊娠後期(28週0日~)に区分される。
(注3)性ホルモン:性ホルモンは、第二次性徴において性器を含む外形的性差を生じさせ、また、性腺に作用して精子や卵胞の成熟、妊娠の成立・維持に関与するホルモンである。性ホルモンは、ゲスターゲン(黄体ホルモン)とエストロゲン(卵胞ホルモン)からなる女性ホルモン男性ホルモン(アンドロゲン)とに分けられる。プロゲステロン、エストラジオール、テストステロンはそれぞれ、代表的な黄体ホルモン、卵胞ホルモン、男性ホルモンである。女性でも男性より低濃度ながら、男性ホルモンは産生される。妊娠中はこれらの性ホルモンの濃度が著しく高まることが知られる。
(注4)臍帯血:臍帯血とは、胎児と母体を繋ぐ胎児側の組織である「へその緒(臍帯)」の中に含まれる胎児血をさす。胎児は胎盤を通して母側から酸素や栄養分を受け取り、老廃物を母体側に渡すが、臍帯は胎児と胎盤をつないでおり、臍帯血の性ホルモン濃度は、母体が産生する性ホルモンではなく、妊娠中に胎児や胎盤側で産生される性ホルモンの濃度を強く反映していると考えられる。
(注5)エコチル調査:エコチル調査は、環境省が企画し、コアセンター(国立環境研究所)が実施主体となって、宮城ユニットセンターを含む全国の15カ所のユニットセンターと共同で進めている、子どもの健康と環境に関する全国調査である。3年間で10万人の参加者募集・登録を行い、子どもが13歳になるまで成長や発達、健康状況の追跡調査を行って、子どもの健康に環境要因が与える影響を明らかにするものである。2014年3月末に参加者の募集が終了し、全国で103,106人、宮城ユニットセンターで9,217人の参加同意を得て、実施されている。

【論文題目】
Title  :
The delivery of a placenta/fetus with high gonadal steroid production contributes to postpartum depressive symptoms
Authors :
Saya Kikuchi, Natsuko Kobayashi, Zen Watanabe, Chiaki Ono, Takashi Takeda, Hidekazu Nishigori, Nobuo Yaegashi, Takahiro Arima, Kunihiko Nakai, Hiroaki Tomita
タイトル:
性ステロイドを高く産生する胎盤/胎児の娩出は産後うつ症状に寄与する
著者名 :
菊地 紗耶、小林 奈津子、渡邉 善、小野 千晶、武田 卓、西郡 秀和、八重樫 伸生、有馬 隆博、仲井 邦彦、富田 博秋
掲載誌名:Depression and Anxiety
DOI   :10.1002/da.23134

【関連リンク】
東洋医学研究所 教授 武田 卓(タケダ タカシ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/818-takeda-takashi.html

近畿大学東洋医学研究所
https://www.med.kindai.ac.jp/toyo/