世界初!稀な心疾患である「シミター症候群」の新術式での手術に成功 術後閉塞のリスクを軽減する術式で、今後の治療成績向上に期待
近畿大学病院(大阪府大阪狭山市)心臓血管外科主任教授 坂口元一、同客員教授 小田晋一郎(京都府立医科大学大学院医学研究科 心臓血管外科学主任教授)、同診療科講師 浅田聡らを中心とした小児心臓外科チームは、令和6年(2024年)5月22日(水)に、右肺から下大静脈への肺静脈還流異常が見られる、非常に稀な先天性心疾患である「シミター症候群」と診断された2歳児に対して前例のない術式での修復手術を実施しました。手術は成功し、患者はすでに退院しています。
今回用いたのは、別の部分肺静脈還流異常症の治療時に用いられる「Double-decker法※」を応用し、成長に影響を及ぼす人工物は使用せず、患者の心房壁のみを用いて血液を再循環させた、世界初の術式です。シミター症候群の従来の手術では、術後に閉塞や狭窄が生じるケースがありましたが、今回の術式により術後閉塞のリスクを軽減することが可能であり、今後、シミター症候群の手術において汎用性の高い術式となることが期待できます。
※ Double-decker法:右上肺静脈が上大静脈に還流するタイプの部分肺静脈還流異常症という疾患の治療で用いられる術式で、最小限の心房切開とパッチによる心房内血流転換などを行い、自己心房壁を中心に可能な限り自己組織で再建する方法
【本件のポイント】
●非常に稀な先天性心血管疾患であるシミター症候群の患者に対し、別の部分肺静脈還流異常症の治療時に用いられる「Double-decker法」を応用し、治療に成功した初めての症例
●人工物を用いず、患者の心房壁のみを用いて血液を再循環させ、術後の狭窄や閉塞のリスクを軽減
●今回の術式が、シミター症候群の手術において汎用性の高い術式となることに期待
【本件の背景】
シミター症候群(Scimitar syndrome)とは、先天性の心血管疾患で、右肺静脈が左心房ではなく下大静脈に還流する肺静脈還流異常です。主に乳児に見られる非常に稀な疾患で、発生率は一般的に100,000人あたり1~3例とされており、専門的な医療施設での診断や治療が必要となります。治療が遅れると肺高血圧や右心不全をきたし、呼吸困難や呼吸器感染症、成長障害などを引き起こすことが知られています。
この症候群は、異常な肺静脈が下大静脈に流れ込むことが特徴で、この静脈が「シミター」と呼ばれる曲刀に似た形状を示すことから名付けられました。通常は、右肺静脈を左心房に繋ぎなおす手術(再移植術)、もしくは心房内トンネル作成術(血流転換術)が行われますが、術後閉塞を起こしやすい(10~50%)ことが問題となっており、長期的な経過観察が必要となります。閉塞を起こすと高度肺うっ血から喀血を起こすことがあり、その際の再手術の成功率が低いことも問題となっていました。
【本件の内容】
今回手術を実施した患者は、発熱をきっかけに近畿大学病院小児科・思春期科を受診し、超音波検査とCT検査で「シミター症候群」と診断されました。右心房・右心室が大きく拡大して負担を受けており、検査の結果、右心拡大、軽度肺高血圧、肺体血流比の上昇が確認され、手術実施が決まりました。術式の検討を行ったところ、部分肺静脈還流異常症の治療に用いられる「Double-decker法」の応用によって、右肺静脈が下大静脈につながっている状態をきれいに再建できるのではないかと判断しました。
「Double-decker法」を用いた手術の結果、右肺静脈が左心房に還流され、下半身血流が右心房に還流する血流路を作製することに成功しました。術後、右肺静脈や下大静脈の血流に問題はなく、きれいな血流路ができており、合併症を起こすこともなく手術後10日目に退院しました。
本術式の利点は、下大静脈内を二分して壁を作成するのではなく、外側に血流路を作製するため狭窄や閉塞を起こしにくいこと、また、人工物を用いず患者自身の心房壁のみを用いた再建であるため、今後手術部位も成長が期待できることが挙げられます。
今回の症例は、今後のシミター症候群の術式の1つとして普及し、治療成績の向上につながることが期待されます。
【手術概要】
手術日 :令和6年(2024年)5月22日(水)
患者 :大阪府在住 2歳女児
診断名 :シミター症候群
執刀担当:近畿大学病院客員教授 小田晋一郎
同診療科講師 浅田聡
【手術の詳細】
患者は、発熱を契機に近畿大学病院小児科・思春期科を受診し、そこで心奇形を疑われ再度受診し、外来の超音波検査とCT検査でシミター症候群と診断されました。右心房・右心室が大きく拡大して負担を受けている所見があり、早期に心臓カテーテル検査を行ったところ、右心拡大、軽度肺高血圧、肺体血流比の上昇を認めて手術適応の判断となりました。CT検査の結果から手術術式の検討を行い、部分肺静脈還流異常症の治療に用いられるDouble-decker法の応用によってきれいに再建できるのではないかと判断しました。
最初に、胸骨正中切開で心臓にアプローチし、人工心肺を使用して心停止下で手術を行いました。下大静脈、肝静脈、異常な右肺静脈(シミター静脈)が剥離できた時点で、Double-decker法を応用した術式で施術することに決定しました。
シミター静脈がつながっている部分の下大静脈・右心房の前の壁をU字状に切って、シミター静脈の開口部に蓋をするように縫い付けました。次に心房中隔(左心房と右心房の間の壁)を大きく切り抜きました。続いて、シミター静脈と下大静脈がつながっている開口部を、縦方向に切り口を入れて横方向に縫い合わせることで、開口部を大きく拡大しました。先程U字に切った右心房の壁の少しと上側(頭側)の心房壁も逆U字に切り、大きく開口した心房中隔の穴に蓋をするように縫い付けることで、右肺静脈が左心房に還流される状態になりました。
最後に、残った右心房壁を下方(尾側)に引っ張って最初にU字切開した下大静脈と肝静脈の開口部に狭くならないように注意しながら縫い付け、下半身血流が右心房に還流する血流路も完成しました。
術後の超音波検査でも右肺静脈や下大静脈の血流に問題はなく、CTでもきれいな血流路が作成されていました。患者は術後気道出血や不整脈などの合併症を起こすこともなく、手術後10日目に元気に自宅退院されました。
【関連リンク】
医学部 医学科 教授 坂口元一(サカグチゲンイチ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2363-sakaguchi-genichi.html
近畿大学病院
https://www.med.kindai.ac.jp/
医学部
https://www.kindai.ac.jp/medicine/