染色体を安定維持するRAD51が、逆に染色体異常を招く機構を発見 染色体の不安定化が原因のがんを防ぐ仕組みの解明に期待

2024-04-25 14:00

近畿大学農学部(奈良県奈良市)生物機能科学科教授 篠原美紀と、同講師 松嵜健一郎は、大阪大学との共同研究により、染色体の安定維持に必須である「RAD51※1」というタンパク質が蓄積することで、染色体が異常な構造を形成することを解明しました。また、RAD51の機能を抑制するタンパク質である「FIGNL1※2」が、RAD51の不適切な蓄積を防ぎ、異常構造の形成を抑制することも明らかにしました。
本研究成果により、染色体不安定化の新たな機構が明らかとなり、不安定な染色体が原因で生じる一部のがんを防ぐ仕組みの理解に繋がることが期待されます。
本件に関する論文が、令和6年(2024年)4月11日(木)に、DNAやRNAなどの核酸に関する学術誌である"Nucleic Acids Research(ヌクレイック アシッド リサーチ)"に掲載されました。

【本件のポイント】
●染色体の安定維持に寄与し、遺伝情報を守る因子であるRAD51は、活性を制御しなければ染色体の異常構造形成を引き起こすことを解明
●RAD51の機能を抑制するFIGNL1は、RAD51の不適切な蓄積を防ぎ異常構造の形成抑制に寄与することを解明
●染色体不安定化が原因で生じる一部のがんを防ぐ仕組みの解明に繋がると期待

【本件の背景】
細胞が増殖する際、染色体は2つの娘細胞へ均等に分配されますが、細胞分裂の際に染色体が不安定になると正常に分配されず、がん等のさまざまな疾患に繋がることが知られています。
染色体の安定維持に必須となる因子の一つとして、相同組換え※3 とDNA複製の両方で重要な役割を担うタンパク質「RAD51」が知られています。染色体を安定に保つために傷ついたDNAを修復する際、切断部位のDNA配列と相同な配列を探し、切断部位に潜り込ませ、失われたDNA配列を合成する相同組換えが起こります。RAD51は、この過程で相同なDNA配列の検索とDNA鎖の侵入を促進させます。また、DNA複製では、DNA分解酵素から新生されたDNAを保護する役割を担います。
一方で、RAD51の機能を抑制するタンパク質群が、これまでさまざまな生物種で多数報告されてきました。これは、染色体を安定に維持するRAD51を、何らかの理由で必要に応じて抑制する必要があるためと考えられていますが、その理由は不明でした。

【本件の内容】
研究グループは、ヒト培養細胞でRAD51を抑制するFIGNL1の機能を欠失させ、その性質を解析しました。その結果、FIGNL1欠失細胞では染色体分配が正常に行われず、DNAが糸のように引いた異常な構造を作ることがわかりました。さらに、RAD51の機能を阻害することで異常な構造が消えたことから、この異常構造の原因はRAD51であることがわかりました。
本研究成果から、染色体を安定に維持するはずのRAD51が不適切に染色体上に残っていると、不必要な組換えを促進してしまい、最終的に分配されるべき染色体同士を繋ぎ止めてしまうことが示唆されました。これは今まで知られていなかった新しい染色体不安定化の機構であり、多くの生物がRAD51の機能を抑制するメカニズムを持っているのは、RAD51を適切に制御することで染色体を安定に保つためであると考えられます。
本研究成果により、染色体の不安定化によって引き起こされるがんを防ぐ仕組みの理解に繋がることが期待されます。

【論文概要】
掲載誌 :Nucleic Acids Research(インパクトファクター:14.9@2022)
論文名 :
Human AAA+ ATPase FIGNL1 suppresses RAD51-mediated ultra-fine bridge formation.
(ヒトAAA+ ATPase FIGNL1タンパク質はRAD51によって形成される超微細染色体架橋構造形成を抑制する)
著者  :
松嵜健一郎1*、篠原彰2、篠原美紀1,3 *責任著者
所属  :
1 近畿大学農学部生物機能科学科、2 大阪大学蛋白質研究所、3 近畿大学アグリ技術革新研究所
論文掲載:https://doi.org/10.1093/nar/gkae263
DOI  :10.1093/nar/gkae263

【研究の詳細】
研究グループは、ヒト培養細胞でRAD51を抑制する機能を持つAAA+ ATPase※4 である、FIGNL1の欠失細胞をゲノム編集により作製し、表現型※5 の解析を行いました。その結果、FIGNL1欠失細胞では染色体分配の際に、染色体間に細いDNAの架橋構造であるUltra-fine bridge(UFB)※6 が形成されていることが分かりました。さらに、このUFBはRAD51阻害剤で細胞を処理することで減少したことから、RAD51に依存してUFBが形成されることも明らかになりました。このことから、これまで染色体の安定維持に寄与すると考えられていたRAD51が不適切に染色体上に残存すると、分配されるべき染色体を繋ぎ止めてしまうことがわかりました。また、FIGNL1は、複製後のDNAから役目を終えたRAD51を取り除くことで、染色体の正しい分離を促し、ゲノム安定性を維持する機能があると示唆されました。
先行研究では、FIGNL1の機能不全は、マウスでの胚発生停止や、特定のがんで見られるRAD51の過剰発現による障害との関連が報告されています。また、がん細胞におけるFIGNL1の機能の過剰は抗がん剤シスプラチンの効果にも影響を与えるという報告もあります。これにより本研究成果は、染色体の不安定化により生じるがんについて、通常、細胞がどのようにがん化を防いでいるか、あるいは抗がん剤耐性のがん細胞ができる仕組みを解明する際に貢献できると考えられます。

【研究者コメント】
篠原美紀(しのはらみき)
所属  :近畿大学農学部生物機能科学科
     近畿大学大学院農学研究科
     近畿大学アグリ技術革新研究所
職位  :教授
学位  :博士(医学)
コメント:今回の研究成果は通常は細胞ががん化しないように守っていると考えられてきたRAD51による組換え反応が、FIGNL1によって適切に抑制できない場合は、むしろゲノム情報の不安定化を引き起こすことを明らかにしました。これは今まで知られていなかったゲノム不安定化の機構です。通常の細胞ががん細胞へと変貌する原因の一端がわかったことで、抗がん剤の創薬に役立つ可能性があります。

【用語解説】
※1 RAD51:DNA分子間で相同配列を探し出しその間でDNA鎖の交換を行う酵素で、遺伝子修復と遺伝子改変の両方が可能。
※2 FIGNL1:相同組換えを抑制するタンパク質の一つで、RAD51の機能を抑制する因子として発見された。RAD51をDNA上から外す、もしくは組換え中間体を壊すことで組換えを抑制している。
※3 相同組換え:切断されたDNAと配列がよく似ているDNAの乗り換えが起こり、新しい分子ができる現象。ゲノム編集・遺伝子組換え技術や、体細胞においては、DNAの修復時に必要となる機構。
※4 AAA+ ATPase:ATP加水分解酵素ファミリーの一つで、多くの場合多量体を形成してリング構造を作り、核酸やタンパク質の構造変化を引き起こす機能を持つ。
※5 表現型:実際に観察できるある特徴や形質を示す。遺伝子型に対応する言葉。
※6 Ultra-fine bridge(UFB):染色体分配の際にできる異常構造の一つで、DNAが完全に分かれずに糸を引くような構造を作り、DNAの断裂に繋がると考えられている。

【関連リンク】
農学部 生物機能科学科 教授 篠原美紀(シノハラミキ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2071-shinohara-miki.html
農学部 生物機能科学科 講師 松嵜健一郎(マツザキケンイチロウ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2295-matsuzaki-kenichiro.html

農学部
https://www.kindai.ac.jp/agriculture/

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