世界初!「マランゴニ対流」による分子のリズミカルな運動を観測 生命活動をつかさどるリズムの起源に迫る

図1 (a)表面張力の自発振動 (b)水面深さ方向の電子密度分布。状態Bは状態Aよりも密度の濃淡がはっきりしており、分子が直立していることがわかる(X線は見えませんが、X線の波長の違いを擬似的に色として表現しました) (c)実験装置と水面の分子の運動
図1 (a)表面張力の自発振動 (b)水面深さ方向の電子密度分布。状態Bは状態Aよりも密度の濃淡がはっきりしており、分子が直立していることがわかる(X線は見えませんが、X線の波長の違いを擬似的に色として表現しました) (c)実験装置と水面の分子の運動

近畿大学理工学部(大阪府東大阪市)、東京学芸大学(東京都小金井市)、高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所(茨城県つくば市)、高輝度光科学研究センター(兵庫県佐用郡佐用町)らの研究グループは、液体が表面をできるだけ小さくしようとする性質である表面張力の差によって液体に流れが生じる「マランゴニ対流」という自然現象を、分子レベルで観測することに世界で初めて成功しました。それにより、水面上の分子がまさにスクラムを組むようにしてマランゴニ対流を押し返すリズミカルな運動を数分の周期で繰り返していることを明らかにしました。生命活動には、心臓の拍動や呼吸などのように、リズムを刻む現象が数多く見られます。本研究成果は、生命活動をつかさどるリズムの発生メカニズムの理解につながります。本件に関する論文が、令和2年(2020年)8月6日(木)に、アメリカ化学会発行の学術誌“The Journal of Physical Chemistry Letters”に掲載されました。

【本件のポイント】
●「マランゴニ対流」という自然現象を独自開発の装置を用いて分子レベルで観測することに成功
●水面上の分子がスクラムを組んで周期的にマランゴニ対流を押し返す様子を観測
●心臓の拍動など、生命活動をつかさどるリズムの発生メカニズムの理解へ

【本件の背景】
生命活動には、心臓の拍動や呼吸などのように、リズムを刻む現象が数多く見られます。例えば心臓の拍動は、2つのペースメーカー組織がカルシウムイオンをキャッチボールのように受け渡すことによってリズムが生まれています。リズムがどのような仕組みで発生するかを調べることは、生命活動を理解する上で非常に重要です。
リズムが発生することが知られている自然現象の一つに「マランゴニ対流」があります。液体には表面をできるだけ小さくしようとする表面張力という力が働いています。「マランゴニ対流」は、液面の場所によって表面張力が異なる場合に流れが生じる現象です。例えば、水に少量の界面活性剤をたらすと、界面活性剤をたらした部分の表面張力が局所的に小さくなり、表面張力の大きい部分に引っ張られることによって界面活性剤の液滴が水面上を駆け回ることがあります。この現象は、水面上に均一な界面活性剤の膜ができることで止まりますが、界面活性剤を水中に沈めておくと、マランゴニ対流を半永久的に起こすことができます。このとき、図1(a)のように表面張力がリズミカルに上がったり下がったりする「表面張力の自発振動」が起こります。これまで、「マランゴニ対流」に関する研究は多数行われてきましたが、分子レベルでの観測は行われていませんでした。

【研究の内容】
近畿大学理工学部理学科物理学コース矢野 陽子 准教授と同4年生の多田 紘規は、東京学芸大学Wolfgang Voegeli准教授、荒川 悦雄教授、高エネルギー加速器研究機構 故 松下 正 名誉教授とともに開発した装置 多波長分散型X線反射率測定システム※1 を用い、X線を水面に照射して水面で反射する割合(反射率)を計測することによって、マランゴニ対流発生にともなう表面張力の自発振動現象が見られる水面の様子を分子レベルで観測することに成功しました。多波長分散型X線反射率測定システムは、強度の強い様々な波長のX線が利用できるフォトンファクトリーアドバンストリング※2 X線イメージングステーション(AR-NE7A)において、「長期のビームタイムを必要とする放射光を駆使した高度な研究」を推進するための特別実験課題などを利用して開発・改良を行ってきたビームライン備え付けの大型実験装置です。また、高輝度光科学研究センター伊奈稔哲研究員、同宇留賀朋哉特別嘱託研究職員とともに、兵庫県の大型放射光施設SPring-8※3 の分光分析ビームライン(BL37XU)で高精度な構造解析を行い、水面上の分子がまさにスクラムを組むようにしてマランゴニ対流を押し返す運動を数分の周期で繰り返していることを明らかにしました。

【論文掲載】
雑誌名:The Journal of Physical Chemistry Letters
    (インパクトファクター:7.329)
論文名:Periodic Elastic Motion in a Self-Assembled Monolayer
    under Spontaneous Oscillations of Surface Tension:
    Molecules in a Scrum Push Back a Marangoni Flow.
    (表面張力の自発振動にともなう自己組織化膜の周期的な弾性運動:
    分子がスクラムを組んでマランゴニ対流を押し返す)
著者名:矢野 陽子(近畿大学)、多田 紘規(近畿大学)、
    Wolfgang Voegeli(東京学芸大学)、荒川 悦雄(東京学芸大学)、
    伊奈 稔哲(高輝度光科学研究センター)、
    宇留賀朋哉(高輝度光科学研究センター)、
    松下 正(高エネルギー加速器研究機構 名誉教授)

【研究の詳細】
研究グループは、X線を水面に照射し水面で反射する割合(反射率)を計測することによって、水面の構造を分子レベルで観測しました。これはX線反射率法と言い、一般的には、表面に対する入射角を少しずつ変えながら反射率を測定していくため時間がかかります。しかし今回使用した、多波長分散型X線反射率測定システムの場合、入射角の代わりにさまざまな波長をもつX線を水面に集光することによって(図1(b)下)、従来の1万分の1の時間での測定が可能となります。
この装置で、「表面張力の自発振動[図1(a)]」が起こっている水面のX線反射率を測定した結果、表面張力が極小値をとっているときには、水面上のアクセプター分子が直立して規則構造を形成していることがわかりました。[図1(c)]
このような運動を引き起こす2種類の界面活性剤(ドナーとアクセプター)の役割は次のようになります。はじめは水中の液滴からドナー分子が水面に浮上します(図1(b)-A)。ある程度の濃度に達すると、水面に表面張力差ができてマランゴニ対流が発生します。このとき、水面上のアクセプター分子が対流に押し流されるために、個々の分子は直立します(図1(b)-B)。圧縮されたアクセプター分子は、縮められたバネのように元に戻ろうとします。その一方で、水面に広がったドナー分子は、水中に溶けていきます(図1(b)-B→C)。このような過程が1サイクルとなって、リズミカルな運動が起こっていることがわかりました。さらに、ドナー分子の水への溶けやすさが表面張力の自発振動の周期を決め、アクセプター分子が形成する膜の弾性率が振幅を決めていることもわかりました。今回観測したリズム現象は、2種類の界面活性剤がそれぞれ別の役割を担うことによって発生しています。ドナー分子がマランゴニ対流を発生させ、その運動エネルギーがアクセプター分子の弾性エネルギーに変換されます。その弾性エネルギーは、アクセプター分子の運動エネルギーとなって、元の状態に戻ります。このように、それぞれ異なる機能を持つ分子を上手く組み合わせることによって、生命のリズムが生まれていると考えられます。

【用語解説】
※1 多波長分散型X線反射率測定システム(図2):
さまざまな波長をもつ放射光X線を湾曲したシリコン結晶に入射させると、結晶が湾曲しているために、放射光は位置によって違った角度で入射します。その結果、出てくるX線は虹のように連続的な波長を持ち試料の一点に収束します。側面図試料面と入射X線とのEHとELはそれぞれ、最も波長が短いX線、最も波長が長いX線を表します。反射X線を一次元X線検出器で測定すると、異なる波長のX線は、それぞれ検出器上の異なった位置に届くため、さまざまな波長をもつX線の反射率を同時に測定することができます。
実際に実験に用いた装置は、図2の透過型の湾曲結晶の代わりに、独自に設計開発した反射型の湾曲ひねり結晶を使っており、より高精度な解析が可能となっています。

※2 フォトンファクトリーアドバンストリングPF-AR:
フォトンファクトリーは茨城県のつくば市にある高エネルギー加速器研究機構の放射光施設です。フォトンファクトリーは「光の工場」という意味で、略してPFとも呼ばれます。PF-ARは、PFの2つ目の光源リングで、世界でも類を見ない大強度パルス放射光専用光源です。高エネルギーのパルス放射光を活かして、時間分解実験や地球科学実験など多岐にわたる物質・生命科学研究に貢献しています。

※3 大型放射光施設SPring-8:
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設であり、高輝度光科学研究センターが利用者支援などを行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来し、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで、放射光を用いた幅広い研究が行われています。

図2 多波長分散型X線反射率測定システムの原理図(News@KEK 虹のX線で見る「表面」~高速のX線反射率測定法~より)
図2 多波長分散型X線反射率測定システムの原理図(News@KEK 虹のX線で見る「表面」~高速のX線反射率測定法~より)

【関連リンク】
理工学部 理学科 博士(理学) 矢野 陽子 (ヤノ ヨウコ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/307-yano-youko.html

近畿大学理工学部
https://www.kindai.ac.jp/science-engineering/