生きたまま染色体を診た受精卵から健康な子牛を産ませることに成功!

2022-06-09 10:00
図1.受精後の分裂で染色体分配異常を起した受精卵のその後の発生の様子。体外受精卵の67%が8細胞期までに1回以上の染色体分配異常を起していた。それら染色体分配異常を起した受精卵のうち80%以上が胚盤胞に到達することなく発生を停止した。一方、染色体分配異常を起した場合でも胚盤胞期まで発生した受精卵は、染色体分配が正常に起こった受精卵と同等の出生率であった。

東京農工大学、近畿大学、扶桑薬品工業、農研機構の研究グループは、細胞を生きたまま連続観察する「ライブセルイメージング技術」により染色体分配の様子を捉えた体外受精卵から、健康な子牛を産ませることに成功しました。この技術により観察した受精卵の半数以上で8細胞期までに1回以上の染色体分配異常が認められ、それらの80%以上が、胚盤胞期に到達する前に発生を停止しました。一方、染色体分配異常が認められた受精卵でも、胚盤胞期まで発生すれば、子牛になりうることが分かりました。哺乳動物における受精卵の研究で一般的に用いられるマウスとは異なり、ウシは受精卵の大きさがヒトに似ていること、また、ヒトと同様に染色体異常が起きやすいことから、家畜生産のみならずヒトの不妊治療において、新たな受精卵の選別技術や指標を提供することが期待されます。さらに、分裂初期の染色体分配異常の原因を明らかにし、それを防ぐことができれば出生率の向上に繋がるかもしれません。

【ポイント】
●ライブセルイメージング技術(注1)により染色体分配の様子を生きたまま観察した受精卵から健康な子牛が誕生しました。
●観察した受精卵の半数以上で染色体分配異常が認められ、それらの多くが分裂の初期で発生を停止しました。
●染色体分配異常が認められた受精卵でも、胚盤胞期(注2)まで発生すれば、子牛になりうることがわかりました。

本研究成果は、米国の国際学術誌 Biochemical and Biophysical Research Communications(BBRC)に6月1日に掲載されました。
掲載誌:Biochemical and Biophysical Research Communications
URL :https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0006291X22007860
論文名:Micronucleus formation during early cleavage division is a potential hallmark of preimplantation embryonic loss in cattle.
著者名:Tatsuma Yao, Akane Ueda, Atchalalt Khurchabilig, Daisuke Mashiko, Mikiko Tokoro, Hiroki Nagai, Tei Sho, Satoko Matoba, Kazuo Yamagata, Satoshi Sugimura

【現状】
ヒトやウシにおいて、体外で発生させた受精卵(体外受精卵)を母体に移植し子を誕生させる技術、生殖補助医療技術(Assisted Reproductive Technology; ART)が世界的に普及・注目されています。しかしながら、その成功率はヒト、ウシともに10~20%前後と低いのが現状です。ウシの受精卵はヒトと似て、受精後の染色体分配異常を起こしやすいことが知られています。その染色体分配異常により染色体の数的・構造的異常が生じ、これにより受精卵の発生が停止すると考えられています。しかしながら、受精卵の染色体分配異常とその後の発生との直接的な関係はマウス以外の動物では明らかになっていませんでした。

【研究体制】
本研究は、東京農工大学大学院農学研究院生物生産科学部門・杉村 智史准教授、近畿大学生物理工学部遺伝子工学科・山縣 一夫教授、扶桑薬品工業株式会社研究開発センター・八尾 竜馬上席研究員、農研機構・的場 理子上級研究員(現、独立行政法人家畜改良センター・技術専門役)らが共同で実施しました。

【研究成果】
ウシ卵巣より採取した卵子を体外で培養しながら成熟させました。成熟後の卵子は、精子と体外受精させ、得られた受精卵に、細胞核や染色体を検出するためのプローブ(注3)を顕微鏡下で注入しました。その後、その受精卵を超高感度カメラを搭載したスピニングディスク式共焦点レーザー顕微鏡にセットし、受精後4日までライブセルイメージングを行い分裂初期の染色体分配の様子を観察しました。解析した172個の受精卵のうち、115個(67%)という高い確率で、8細胞期までに染色体分配異常が認められました。そのうち胚盤胞期まで発生した受精卵は18個(16%)で、80%以上が8細胞期までに発生を停止しました(図1)。特に、前核期(注4)から2細胞期の間に染色体分配異常を起した受精卵では胚盤胞期への発生率はわずか6%でした(3/48)。一方、8細胞期までに染色体分配異常が認められなかった受精卵では、60%が胚盤胞へ発生しました(34/57)。つまり、受精後の分裂で染色体分配に異常があると、基本的にはその後の発生を停止させると考えられました。次に、ライブセルイメージングを行い胚盤胞期まで発生した受精卵を10頭の借り腹牛に移植したところ、4頭の健康な子牛が生まれました。そのうち2頭は8細胞期までに染色体分配異常が認められた受精卵から生まれました(図2)。つまり、受精後の分裂で染色体分配異常が起きた受精卵からも子が産まれたことになります。この結果から、染色体分配異常は胚盤胞期までの発生には影響するが、胚盤胞期以降の発生には必ずしも影響するわけではないことが示唆されました(図1)。

図2.ライブセルイメージングにより染色体分配の様子を観察した受精卵から誕生した子牛。2細胞期から4細胞期の間で染色体分配異常が起こった受精卵から誕生した。

【今後の展開】
ライブセルイメージングにより核や染色体を観察した受精卵から、健康な子牛を産ませることに成功しました。さらに、分裂初期の染色体分配異常は、胚盤胞期へ発生を妨げるが、それ以降の発生を必ずしも妨げるものではないことが示されました。今後、この技術や成果を使うことで、ARTの低い成功率の原因解明や出生の成否を予測するための新たな技術や指標の提供が可能になります。また、将来的には、分裂初期の染色体分配異常の原因を明らかにし、それを防ぐことができれば、ARTの成功率向上に繋がるかもしれません。

注1)ライブセルイメージング技術:蛍光プローブを細胞内に導入し、生きたまま細胞内分子の挙動を可視化する技術。本研究では染色体を観察した。
注2)胚盤胞期:将来、胎盤と胎児のもとになる部分が確認できる段階。ウシやヒトでは受精後6~7日でこの段階に至る。
注3)核や染色体を検出するためのプローブ:核/染色体の構成成分であるヒストンH2Bに赤色蛍光蛋白質mCherryの配列を連結したmRNA。
注4)受精過程において卵子と精子それぞれの染色体を含む核が存在する段階。

【関連リンク】
生物理工学部 遺伝子工学科 教授 山縣 一夫(ヤマガタ カズオ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1365-yamagata-kazuo.html

生物理工学部
https://www.kindai.ac.jp/bost/

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