オミクロンBA.1株のG446S変異がワクチン誘導型T細胞の抗ウイルス機能を高めることを発見

図1:T細胞の抗ウイルス機能評価系(T細胞によるウイルスの複製阻害効果を定量する方法)
図1:T細胞の抗ウイルス機能評価系(T細胞によるウイルスの複製阻害効果を定量する方法)

【ポイント】
●日本人のワクチン接種者で多く誘導される2つのT細胞抗原を同定した。
●そのうち、1つのワクチン誘導型T細胞はオミクロンBA.1株のウイルス複製を効率的に抑制した。
●オミクロンBA.1株のスパイクタンパク質の「G446S変異」がウイルスに感染した細胞の抗原提示(注1)を高めることにより一部のT細胞の抗ウイルス機能を増強することを見出した。

【概要説明】
熊本大学ヒトレトロウイルス学共同研究センター(注2)の本園 千尋 講師、上野 貴将 教授、富山大学学術研究部医学系の岸 裕幸 教授、近畿大学理工学部応用化学科の北松 瑞生 准教授らの研究グループは、日本人ワクチン接種者において、一部のT細胞が武漢株に比べてオミクロン株BA.1株のウイルス複製を効率的に抑制することを明らかにしました。また、オミクロン株BA.1株のスパイクタンパク質の「G446S変異」が標的細胞の抗原提示能を高めることで一部のT細胞の抗ウイルス機能が増強されることを突き止めました。
本研究成果は令和4年9月21日午前10時(日本時間9月21日午後6時)に、英国科学雑誌「Nature Communications」オンライン版で公開されました。
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)の「新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業」、日本学術振興会科学研究費助成事業、新日本先進医療研究財団「研究助成金」、熊本大学アマビエ研究推進事業からの支援を受けて、熊本大学医学部(小児科学、免疫学、呼吸器内科学)、富山大学、近畿大学、高知大学との共同研究として行われました。

【背景】
最近のオミクロン株をはじめとする新型コロナウイルスの懸念すべき変異株(注3)は、ワクチン接種者における中和抗体活性(液性免疫)に抵抗性を示す一方で、細胞性免疫を担うT細胞応答には感受性を示す(抵抗性が低い)ことが明らかになってきました。このT細胞は中和抗体と同様にワクチン接種によって誘導が起こります。生体内でスパイクタンパク質のペプチド断片が抗原提示細胞に提示され、一部のT細胞がそれらを認識して活性化することでウイルス抗原に特異的なT細胞が誘導されます。T細胞には、それぞれ固有のT細胞受容体があり、その型によって認識できる抗原が異なるという抗原特異性があります。一方、ウイルスに感染した細胞は、ウイルスの断片をT細胞抗原としてHLA(注4)分子に提示してT細胞を誘導します。そのため、HLA分子の違いによっても、誘導されるT細胞の違いが生まれます。ワクチンで誘導された抗原特異的T細胞はウイルス感染細胞を特異的に認識することで抗ウイルス機能を発揮し、ウイルスの排除にはたらきますが、変異株はスパイクタンパク質に様々な変異を有しており、それらの変異によってT細胞のはたらきが異なると考えられます。しかしながら、個々のワクチン誘導型T細胞の変異株に対する応答性の違いについてはほとんど明らかになっていませんでした。

【研究の内容】
本研究では、日本人の約6割が有するHLAのタイプであるHLA-A*24:02陽性のワクチン接種者において誘導される主要な抗原特異的T細胞応答について解析を行いました。さらにヒトT細胞とウイルス感染細胞を培養し、ウイルスの増殖を抑制する実験系を新たに構築し(図1)、ヒトT細胞の抗ウイルス機能について解析を行いました。

【成果】
HLA-A*24:02陽性のワクチン接種者において優位に誘導される2種類のスパイクタンパク質由来の抗原(NF9/A24とQI9/A24)に対して特異性を持つT細胞を同定しました。そのうち、NF9/A24特異的T細胞は、デルタ株に対するウイルス複製抑制が全く認められませんでしたが(参考文献1,2)、オミクロンBA.1株に対するウイルスの増殖抑制効果は、武漢株、オミクロンBA.2株に比べて、顕著に高いことを見出しました(図2)。一方、QI9/A24特異的T細胞は、いずれの株に対しても同等のウイルス増殖抑制効果がありました。
次に、ウイルス側の変異とT細胞受容体の認識について詳細に調べたところ、オミクロン株BA.1株のみが有する「G446S変異」(T細胞抗原の近傍に位置する変異)が標的細胞の抗原提示能を増強することによってNF9/A24特異的T細胞から認識されやすくなっていることを見出しました(図3)。

【展開】
これまで、懸念すべき変異株で認められる多くのウイルス変異は免疫逃避に関わっていると考えられていましたが、本成果では、逆に、ウイルス変異が抗原提示能を高めることで、一部のワクチン誘導型T細胞の抗ウイルス機能が増強することを明らかにしました。本成果は、T細胞応答を効率的に誘導する新たなワクチン開発に活用できます。

図2:T細胞のウイルス複製阻害効果NF9/A24特異的T細胞はオミクロンBA.1株のウイルス複製を効率的に抑制した
図2:T細胞のウイルス複製阻害効果NF9/A24特異的T細胞はオミクロンBA.1株のウイルス複製を効率的に抑制した
図3:T細胞の変異株に対する抗ウイルス活性NF9/A24特異的T細胞は変異株によって抗ウイルス活性が異なっていた
図3:T細胞の変異株に対する抗ウイルス活性NF9/A24特異的T細胞は変異株によって抗ウイルス活性が異なっていた

【参考文献】
1. Kimura I et al. The SARS-CoV-2 Lambda variant exhibits enhanced infectivity and immune resistance. Cell Reports, 38(2):110218, 2022.
2. Motozono C et al. SARS-CoV-2 spike L452R variant evades cellular immunity and increases infectivity. Cell Host & Microbe 29(7):1124-1136.e11., 2021.

【用語解説】
(注1) 抗原提示
細胞内の異物タンパク質を細胞内で分解し、その断片の一部をHLA分子に提示すること。ウイルス感染細胞ではウイルスタンパク質が分解され、そのペプチド断片をT細胞抗原としてHLA分子に提示される。これにより、ウイルス抗原に特異的なT細胞の誘導が起こる。
(注2) ヒトレトロウイルス学共同研究センター
ヒト免疫不全ウイルス(HIV-1)やヒトT細胞白血病ウイルス(HTLV-1)などの難治性ヒトレトロウイルスの克服を共通目標に、熊本大学と鹿児島大学が大学の枠を越えて2019年4月に新設した研究センター。
(注3)懸念すべき変異株
新型コロナウイルスの流行拡大によって出現した、顕著な変異を有する変異株。現在まで、アルファ型、ベータ型、ガンマ型、デルタ型、オミクロン型などが、「懸念すべき変異株」として認定されている。
(注4)ヒト白血球抗原(HLA:Human leukocyte antigen)
「自己」と「非自己」の識別などの免疫反応に重要な役割を果たす遺伝子複合体で、機能によってクラスIとIIに分類され、それぞれCD8陽性T細胞、CD4陽性T細胞の認識に関わっている。HLAクラスIはヒトの全身のほぼすべての細胞に発現している。ウイルスが細胞に感染すると抗原提示機能によってウイルスタンパク質のペプチド断片(主に8-11アミノ酸から成るペプチド)がHLAクラスI分子に提示され、それをT細胞がT細胞受容体を介して認識することにより細胞性免疫が誘導・活性化される。血液型のように遺伝によって引き継がれる様々なタイプがある。

【論文情報】
論文名:The SARS-CoV-2 Omicron BA.1 spike G446S mutation potentiates antiviral T cell recognition
著者 :本園 千尋*、豊田 真子、Toong Seng Tan、浜名 洋、後藤 由比古、有津 由樹、宮下 雄輔、押海 裕之、中村 公俊、岡田 誠治、宇高 恵子、北松 瑞生、岸 裕幸、上野 貴将*
(*Corresponding authors)
掲載誌:Nature Communications
doi :10.1038/s41467-022-33068-4
URL :https://www.nature.com/articles/s41467-022-33068-4

【関連リンク】
理工学部 応用化学科 北松 瑞生 (キタマツ ミズキ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/364-kitamatsu-mizuki.html

理工学部
https://www.kindai.ac.jp/science-engineering/


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