バイリンガル特有の言語使用に関する記事公開

バイリンガル児の語順や文法の間違いは言語発達の遅れではない

「バイリンガル環境で子どもを育てると、子どもの言語発達が遅れる原因になりますか?」
0~6歳までを主な対象とした早期英語教育、早期バイリンガル教育に関しては様々な意見が交わされています。そこで、ワールド・ファミリー バイリンガル サイエンス研究所(※以下、IBS)では、保護者の皆様や教育関係者の皆様から寄せられる疑問に対し、先行研究を基にお答えする記事を定期的に公開しています。今回は子どもの文法発達についてお答えします。  

バイリンガル児の言語習得はゆっくり発達する場合がある

二つの言語に触れる環境が言語発達遅滞の原因になることはありません(Baker & Wright, 2021, p. 96)。ただし、それぞれの言語に触れる量などから影響を受けて、モノリンガル環境で育つ子どもよりもゆっくりとしたペースで発達しているように見える時期を経験する子どももいます。今回はバイリンガル特有の言語使用がどのようなものなのか、先行研究から見ていきます。

言語間の影響=「cross-linguistic influence」とは

バイリンガルには、モノリンガルとは異なる、バイリンガル特有の言語使用があります。二つの言語に触れて育っている子どもの場合、それぞれの言語は、基本的には別々に発達していくと言われていますが、一方の言語がもう一方の言語から何らかの影響を受ける場合もあります。これは「cross-linguistic influence(言語間の影響)」  と呼ばれており、さまざまな言語の組み合わせで報告されています。
例えば、オランダ語は目的語の省略が多い言語ですが、フランス語は省略が少ない言語です。この二つの言語にふれて育っているバイリンガル児は、フランス語を話すときに、フランス語のモノリンガル児よりも頻繁に目的語を省略することから、オランダ語の文法の影響を受けている可能性が示されました(Hulk & Muller, 2000)。
またドイツ語・英語のバイリンガル児を調べた研究(Dopke, 1998)や、フランス語と英語のバイリンガル児の複合語(※1)を調べた研究(Nicoladis, 2002)でも、各言語の影響を受けた語順が観察されました。   
(※1)複数の語を組み合わせて意味が成り立っている語(例:toilet paper,  apple juiceなど)

バイリンガル児の間違いのように思われる文法使用は「異常」や「遅れ」ではない

このような言語間の影響は、乳幼児に限定されるものではなく、小学生の日本語・英語のバイリンガル児7人(8歳〜12歳)に文字が書かれていない絵本を見せてストーリーを語らせる実験をした研究(Mishia-Mori et al., 2018)によると、日本語のモノリンガル児よりも、主語や目的語の省略が少なく、代名詞(例:彼)を多く使う様子が観察されました。
例えば、男の子が登場するお話を語るとき、日本語では、初めて登場する人物については、「男の子が」または「男の子を」というように、主語、目的語を入れますが、同じ人物について話しているときには「男の子は」とするか、またはそれを省略する傾向にあります。「男の子が駅前に立っていました。(男の子は)とても心配そうな様子でした。」という語りの二文目では、主題である「男の子は」を省略できます。
一方、英語では、それらを省略することは非文法的であり、冠詞(例:the boy)や代名詞(例:he)を使って、同じ人物について話していることを表現します。つまり、このバイリンガル児たちは、日本語で話しているときに、英語の文法の影響を受けていることが示されたのです。
このような先行研究から、バイリンガル児が一方の言語を使うときに、その言語のモノリンガル児には見られない文法や一見間違いのように思われる文法の使用が見られたとしても、それを言語発達上の「異常」や「遅れ」とみなすことは不適切であると考えられます。

会話中に両言語が織り交ざる「code-switching(コードスイッチング)」

バイリンガルは、一方の言語で話しているときに、もう一方の言語の要素(語彙など)を混ぜたり、文章や発話の途中でもう一方の言語に切り替えたりする場合があります。このような言語使用は主に「code-switching(コードスイッチング)」や「code-mixing(コードミキシング)」(以下、CS)と呼ばれています(Baker, 2001; Basnight-Brown & Altarriba, 2007; Ramezani et al.,  2020)。
まず、二言語が発達段階にある1〜2歳のバイリンガル児も相手に合わせた言語を使用することから、幼児は二言語を区別できないか二言語環境で混乱しているためにCSを行うという考え方は否定されています(Comeau et al., 2003; Genesee et al., 1995; Lanza, 1997)。さらに、幼児は多様な理由や目的で故意にCSを行い、円滑なコミュニケーションを図ろうとする場合があります(Shin, 2018)。そして、一定の規則性があり(Paradis et al., 2011)、「ごちゃ混ぜ」と呼ばれるような無秩序な言語使用ではありません。

世界最大規模の言語聴覚士職能団体であるアメリカ言語聴覚協会により、CSは第二言語習得の過程における正常な現象であるとして、言語障害とは区別されています(American Speech-Language-Hearing  Association, 2021)。言語聴覚士を対象とした専門書籍(Kohnert, 2013; Paradis et al.,  2011)では、バイリンガル児のCSは懸念する必要がないケースが大抵であること、そして、CSを言語発達の遅れや障害の兆候として解釈するには通常よりも入念な検査と慎重な判断が求められることが解説されています。このような見解は、多数の先行研究の結果から導き出されたものですが、その中でも、言語障害のあるバイリンガル児と言語障害のないバイリンガル児のCSを比較した研究は、特に強い根拠になっていると考えられます。

例えば、アメリカで行われた研究(Gutierrez-Clellen et al., 2009)では、特異的言語障害(※2)のバイリンガル児18人と定型的な言語発達のバイリンガル児18人(平均5〜6歳)のCSが比較されました。第一言語はスペイン語、第二言語は英語です。彼らの発話を分析した結果、CSを含む発話の割合は両グループで差がありませんでした。  また、両グループとも、CSを含む発話文は文法的であり、大人のバイリンガルと同様の典型的なパターンでした。つまり、言語障害があってもなくても、バイリンガル児にとってCSは通常の言語行動であり、CSを行うからといって言語障害とみなすことは不適切なのです。

(※2)子どもの言語障害において言語のみに困難が生じる場合(特異的言語障害)の診断名

なお、近年は、バイリンガルやマルチンガルの言語使用について説明する「Translanguaging」(トランスランゲージング)という概念が注目されています(Baker & Wright, 2021)。この概念によると、例えば、日本語・英語のバイリンガルであれば、二つの言語間の境界線(文字や音韻、構造、語彙、社会文化的背景などのあらゆる違い)を越えて、日本語であろうと、英語であろうと、持ち合わせているすべての言語能力を使い、効果的にコミュニケーションを図ろうとします(Wei, 2018)。CSを含め、表面的には、ただ「二言語を混ぜている」ように見える行動であっても、より豊かで円滑なコミュニケーションを図るために有効な、バイリンガル特有の能力なのです。
よって、バイリンガル児のCSそのものは、言語発達の問題があるかどうかを判断する基準にはならず、安易に言語発達遅滞とみなされるべきではありません。

より詳しい内容はIBS研究所で公開中の下記記事をご覧ください。

■バイリンガル環境で子どもを育てると、子どもの言語発達が遅れる原因になりますか?(バイリンガル特有の言語使用編)
https://bit.ly/3xIbL2Q          

ワールド・ファミリー バイリンガル サイエンス研究所

  (World Family's Institute Of Bilingual  Science)
事業内容:教育に関する研究機関
所   長:大井静雄(脳神経外科医・発達脳科学研究者)
所 在 地:〒160-0023 東京都新宿区西新宿4-15-7 
     パシフィックマークス新宿パークサイド1階
設   立:2016年10 月 
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