準結晶と不整合変調構造の性質を併せ持つ 非周期結晶構造を発見 ~非周期結晶構造の統一的理解に向けた超空間からのアプローチ~
【要点】
●準結晶でありながら不整合変調構造としての性質を併せ持つ非周期結晶構造を理論的に提唱
●超空間の枠組みを用いることで、貴金属比準結晶タイリングだけでなく、高分子実験やコロイドシミュレーションにおける不整合変調構造も包括的に記述可能
●新たな準結晶・不整合変調構造材料の探索のための重要な指針として期待
【概要】
東京工業大学理学院物理学系の松原虎之介大学院生、古賀昌久准教授、名古屋大学 未来社会創造機構 量子化学イノベーション研究所の高野敦志特任教授、豊田理化学研究所の松下裕秀フェロー(研究当時、現 公益財団法人大幸財団常務理事)、近畿大学 理工学部 理学科の堂寺知成教授らの研究チームは、準結晶(用語1)と不整合変調構造(用語2)の性質を併せ持つ非周期結晶(用語3)構造を発見し、超空間の枠組みの中で準結晶と不整合変調構造を包括的に記述できることを明らかにした。
非周期結晶は、準結晶や不整合変調構造などの原子配列構造が周期性を持たない物質群を構成している。これらは超空間(用語4)という概念において共通の基盤を持っているが、両者の関係は謎に包まれたままであった。本研究では、任意の貴金属比(用語5)を自己相似比として持つ準結晶タイリング(用語6)を理論的に提唱した。構造因子を解析することで、このタイリングが準結晶と不整合変調構造両方の特徴を持つことが明らかとなった。また、貴金属比準結晶タイリングにおける超空間の枠組みを応用することで、実験およびシミュレーション上のソフトマター系における非周期結晶構造ならびに非自明なドメインウォール構造を解析した。この解析の中で、ドメインウォールは超空間に付加的な次元を導入する準結晶の本質的な構成要素であることが分かった。これらの結果は、非周期結晶の複雑な世界に新たな視点を提供し、これまで明らかでなかったドメインウォール構造の広い意味合いを与えるものである。
本研究成果は2024年7月11日付(現地時間)の英科学誌「Nature Communications(ネイチャー・コミュニケーションズ)」オンライン版に掲載されました。
【背景】
材料の持つ特性を決定する上で、原子や分子の配列から成る物質構造は重要な役割を担う。このため、多様な物質構造の系統的理解は、物質科学全体の重要な目標の一つである。固体には、原子配置が周期的である結晶とランダムな原子配置を持つアモルファスがある。一方で、これらの構造クラスとは異なる第3の固体形態として不整合変調構造や準結晶を含む非周期結晶が存在する。最近、合金や高分子、コロイド等の多様な系で非周期結晶が発見されてきている。非周期結晶では結晶には存在しない10回転対称性や12回転対称性等の高対称性が許されるため、非周期結晶は結晶とアモルファスにはない新しい特性を材料に与える重要な役割を持っている。
非周期結晶における非周期性は無理数によって特徴付けられ、その特徴付けの仕方により準結晶と不整合変調構造は区別される。準結晶構造の中では、無理数の長さスケール比を持つ特徴的な長さが複数あり、その構造が自己相似性を持つことが知られている。一方、不整合変調構造の中では、逆格子空間の回折点の位置を表す複数の逆ベクトルの長さの比が無理数で与えられ、その構造が不整合な回折斑点に特徴付けられる。これらの構造は一見すると複雑であるが、超空間上の6次元周期格子からの射影格子と見なせることが示されており、その構造解析が飛躍的な発展を遂げた(参考文献1)。その一方で超空間の枠組みが発見されてから40年経つ現在においても、準結晶と不整合変調構造の関係は謎に包まれたままであり、非周期結晶の統一的な理解に向けた新たな枠組みの構築が切望されていた。
【研究成果】
本研究では、任意の自然数kにより特徴付けられる6回対称貴金属比準結晶タイリングを理論的に提唱した(図1)。このタイリングは大小の六角形と平行四辺形からなり、貴金属比を自己相似比として有する準結晶格子を形作っている。今回提案したタイリングの重要な性質は、kの増加とともに大きな六角形が連結したドメインが占める割合が増加し、発散極限において(kの値が無限大に近づいたとき)ハニカム格子に収束することである。このため、従来の概念である近似結晶(用語7)の逆転的発想として「近似準結晶」と呼ぶことができるものとなっている。さらに本研究では、この近似準結晶は平行四辺形からなるドメインウォールによって変調されたハニカム格子として見なせることを見出した。このような準結晶と不整合変調構造の特徴は回折パターンに明確に現れる(図2)。k=1では回折強度の大きいメインピークの位置に貴金属比の自己相似性が現れており、準結晶の性質が強く現れている。kが大きくなると、ハニカム格子に特徴的なメインピークが周期的に配列している一方で、その周りに不整合なサテライトピークが存在している。これは、不整合変調構造の帰結である。これまで準結晶と不整合変調構造は相容れない構造クラスであると考えられていたが、今回の研究によって準結晶と不整合変調構造の性質を併せ持つ非周期結晶構造の存在が明らかとなった。
次に、この近似準結晶における超空間の枠組みを実際の不整合変調構造へ応用することで、その超空間における結晶格子構造を求めることに成功した。図3は、コロイドシミュレーション上で自己組織化する不整合変調構造と6回対称貴金属比準結晶タイリングの関係を示している。特にこの解析の中で、平行四辺形によるドメインウォール構造がハニカム格子に超空間次元を与えるという重要な役割を担っていることが明らかとなった。さらに、ポリイソプレン・ポリスチレン樹脂・ポリ(2-ビニルピリジン)の複合高分子系の電子顕微鏡写真にみられるハニカム構造とドメインウォール構造の中に、6回対称貴金属比準結晶タイリングに対応する構造が存在していることも分かった(図4)。この結果は我々が理論的に発見したタイリングと実験的なポリマー系が密接な関係を持つことを示唆している。
以上の結果から、提案した6回対称貴金属比準結晶タイリングは準結晶と不整合変調構造を橋渡しするものであり、近似準結晶の超空間の枠組みを用いて非周期結晶を包括的に記述できることを明らかにした。
【社会的インパクト】
今回の研究成果によって、準結晶と不整合変調構造が超空間の中で包括的に理解できることが明らかとなった。この超空間による記述を指針とすることで、準結晶・不整合変調構造の構造や物性の制御にバラエティを加えることができる。これにより非周期的で高い対称性を活かした新奇材料の開発が加速することが期待される。
【今後の展開】
本研究では2次元ハニカム格子系に焦点を当てたが、3次元系や正方対称系における近似準結晶理論を構築することで、超空間における準結晶と不整合変調構造の関係の更なる理解に繋がると期待される。一般性が高く汎用的な理論へ発展させることを目指して、今後の研究を展開させていく予定である。
【付記】
本研究は、科学研究費助成事業 新学術領域研究(19H05821)、基盤研究(B)(21H01025)と基盤研究(C)(22K03525)の助成を受けて行われた。
【用語説明】
(1)準結晶:原子配列が無理数比によって特徴付けられる自己相似構造を有する固体。その構造は5次元や6次元の高次元周期格子を無理数の角度で切断することが得られる。1980年代に準結晶を初めて発見したダニエル・シェヒトマン博士は2011年ノーベル化学賞を受賞している。
(2)不整合変調構造:結晶の無理数倍の周期を有する外場などによって変調された固体。
(3)非周期結晶:原子配列が非周期的な秩序を有する固体の構造クラスの総称。準結晶と不整合変調構造もこの構造クラスの中に含まれる。
(4)超空間:数学的な記述によって表現される5次元や6次元空間。非周期結晶の構造は超空間中の周期格子の3次元空間への射影として記述することができる。
(5)貴金属比:x2-kx-1=0(kは自然数)の正の解として与えられる値。これらの値は人間が美しいと感じる比率であり、例えばk=1の場合はよく知られる黄金比に対応する。貴金属比は準結晶の自己相似比として現れる。
(6)タイリング:数種類の多角形タイルを平面上に隙間なく敷き詰めた際に得られる構造。さまざまな準結晶構造がタイリングによって表現できることが知られている。
(7)近似結晶:準結晶と同じ局所構造を単位砲に有する固体。準結晶の化学組成を僅かにずらすことで得られる。高次元空間において、準結晶の切断角を有理数近似した構造に対応する。
【参考文献】
(1)P. M. de Wolff, T. Janssen and A. Janner, Acta Cryst. A 37, 625-636 (1981).
【論文情報】
掲載誌:Nature Communications
論文タイトル:Aperiodic approximants bridging quasicrystals and modulated structures
著者:Toranosuke Matsubara, Akihisa Koga, Atsushi Takano, Yushu Matsushita, and Tomonari Dotera
DOI:10.1038/s41467-024-49843-4
【関連リンク】
理工学部 理学科 教授 堂寺知成(ドウテラトモナリ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/285-doutera-tomonari.html
理工学部
https://www.kindai.ac.jp/science-engineering/
関連する先行研究
https://www.kindai.ac.jp/news-pr/news-release/2019/09/017876.html