白金錯体のみでマルチカラー円偏光を発生させるダイオードを開発 3D表示用有機ELディスプレイの低コスト製造などへの応用に期待

2023-08-03 14:00
開発した有機円偏光発光ダイオードから発生させた、マルチカラー円偏光

近畿大学理工学部(大阪府東大阪市)応用化学科教授 今井喜胤(いまいよしたね)、大阪公立大学大学院(大阪府大阪市)工学研究科教授 八木繁幸らの研究グループは、一種類の白金錯体※1 のみを発光材料として用いた、マルチカラー有機円偏光発光ダイオード※2 を開発しました。ダイオードに外部から磁力を加えることで、3D立体映像を映し出す際に使われる、らせん状に回転しながら振動する光「円偏光」を、白金錯体の濃度を変えるだけでマルチカラーに発生させることに成功しました。さらに、加える磁力の方向を変えることで、全ての色の円偏光の回転方向を制御できることも明らかにしました。
本研究成果を用いることで、有機円偏光発光ダイオードの製造コストを低く抑えられる可能性があり、将来的に、新しいタイプのフルカラー3D表示用有機ELディスプレイ等の製造や、高度な次世代セキュリティ認証技術の実用化に繋がることが期待されます。
本件に関する論文が、令和5年(2023年)7月26日(水)に、有機EL分野の国際的な学術誌"Organic Electronics(オーガニック エレクトロニクス)"にオンライン掲載されました。

【本件のポイント】
●光学不活性※3 な分子である白金錯体を用いて有機発光ダイオードを作製し、外部から磁力を加えることにより、円偏光の発生に成功
●白金錯体の濃度を変えることで、一種類のみを材料としたマルチカラー円偏光の発生に成功
●フルカラー3D表示用有機ディスプレイの低コスト製造や、高度な次世代セキュリティ認証技術の実用化などへの応用が期待される研究成果

【本件の背景】
特定の方向に振動する光である「偏光」の中でも、らせん状に回転しているものを「円偏光」といいます。円偏光を利用した発光デバイス(円偏光を発する有機発光ダイオード)は、3D表示用有機ディスプレイなどに使用される新技術として注目されています。
現在の技術では、光学フィルターを用いる方法以外に、鏡面対称(左手と右手のような鏡像関係)の構造をもつ光学活性な分子を用いて円偏光有機発光ダイオードを作製し、右回転円偏光または左回転円偏光を電界発光によって発生させる方法が知られています。この方法では、まず、右回転と左回転の円偏光を発生させる分子が混在している状態(光学不活性な状態)から、目的の分子だけを得る必要があり、デバイス作製コストが高くなる点が課題となっています。また、従来の有機発光ダイオードでは、目的とする発光色に応じた発光体がそれぞれ必要になることも、コストが嵩む原因です。
近畿大学理工学部では、これまでの研究によって、光学不活性な分子を用いた場合でも円偏光を発生させる新しい手法を開発しています。今回、たった一種類の光学不活性分子を用いて、より安価にマルチカラーの円偏光を発生させるデバイスの開発を目指し、研究に取り組みました。

【本件の内容】
研究グループは、有機発光ダイオードの発光材料として知られている、光学不活性な白金錯体一種類のみを発光材料として用い、その濃度を変えることによりマルチカラー有機発光ダイオードを開発しました。また、この有機発光ダイオードに対して外部から磁力を加えることによって、マルチカラーの円偏光を発生させることに成功しました。さらに、磁力の方向を変えることで円偏光の回転方向を制御する、つまり、単一の分子からマルチカラーな右回転円偏光と左回転円偏光の両方を選択的に取り出すことに成功しました。
本研究成果により、室温かつ永久磁石による磁場下に、一種類の発光体を用いた有機発光ダイオードを設置するだけで、マルチカラー円偏光を発生させることが可能となりました。また、光学不活性な分子は、一般的に光学活性な分子よりも安く、また容易に入手することができ、白金錯体一種類のみを用いて濃度をコントロールするだけでマルチカラーの円偏光を取り出せるようになったことから、円偏光有機発光ダイオードの製造コストを低く抑えられるようになることが期待できます。これにより、3D表示用有機ELディスプレイ等の製造コスト削減や、高度な次世代セキュリティ認証技術の実用化などにつながることが期待されます。

【論文掲載】
掲載誌 :Organic Electronics(インパクトファクター:3.868@2020-2021)
論文名 :
Tuning of External Magnetic Field-Driven Circularly Polarized Electroluminescence in OLED Devices with a Single Achiral Pt(II) Complex
(単一アキラル白金(II)錯体を用いた有機EL素子における外部磁場駆動型円偏光エレクトロルミネッセンスの制御)
著者  :今井喜胤1*、山本優太1、鈴木聖香1、原健吾1、北原真穂1、八木繁幸2
     *責任著者
所属  :1 近畿大学理工学部、2 大阪公立大学大学院工学研究科
DOI  :10.1016/j.orgel.2023.106893
論文掲載:https://doi.org/10.1016/j.orgel.2023.106893

【本件の詳細】
白金錯体は、室温でリン光※4 を発して高い発光効率を示すことから、有機発光ダイオード用リン光材料として近年盛んに研究されています。
本研究では、光学不活性な白金錯体F2-ppyPt(acac)を発光材料として用い、発光層における白金錯体の濃度が異なる5つの有機発光ダイオードを作製しました。それらの有機発光ダイオードに外部から磁力を加えながら光を発生させたところ、発光材料が単一かつ光学不活性であるにもかかわらず、発光色がそれぞれ異なる、マルチカラーの磁気円偏光を高効率に発生させることに成功しました。開発した有機発光ダイオードは、加える磁力の方向によって、円偏光の回転の方向を制御できることも明らかになりました。

【研究者のコメント】
今井喜胤(いまいよしたね)
所属  :近畿大学理工学部 応用化学科
職位  :教授
学位  :博士(工学)
コメント:磁場を用いる我々の手法により、従来の方法に比べて、格段にデバイスに適応可能な発光体の範囲が広がりました。今回、一種類の発光体からマルチカラーな発光色を取り出せたことにより、円偏光発光ダイオードの低コスト開発が期待されます。

【研究支援】
本研究は、科学研究費補助金 基盤研究(B)(課題番号 JP23H02040)、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST研究領域「独創的原理に基づく革新的光科学技術の創成」(研究総括:河田聡)、研究課題「円偏光発光材料の開発に向けた革新的基盤技術の創成」(研究代表者:赤木和夫)によって実施されました。

【用語解説】
※1 白金錯体:白金は白金族に分類される原子番号78の遷移元素であり、プラチナともよばれ、装飾品に多く利用されている。この白金と有機化合物が結合したものが白金錯体である。白金錯体は、抗がん剤として広く知られるほか、近年では有機発光ダイオード用発光材料としても注目されている。
※2 有機円偏光発光ダイオード:電圧をかけると有機物が発光する現象を有機EL(Electroluminescence)といい、この現象を利用したデバイスを有機発光ダイオード(Organic Light-Emitting Diode)という。この際、発光が円偏光であるダイオードを有機円偏光ダイオードという。
※3 光学活性/光学不活性:物質が直線偏光の偏光面を回転させる性質(旋光性)があるとき、この物質は光学活性であるといい、偏光面を回転させる性質がないとき、この物質は光学不活性という。平面4配位構造を有する一般的な白金錯体は、光学不活性である。
※4 リン光:発光現象の一種で、一般的な発光(蛍光)より、寿命が長い性質がある。そのため、暗闇で長く光っている夜光塗料として利用されることも多い。有機発光ダイオードに用いた場合、有機ELの発光効率の向上に寄与する。

【関連リンク】
理工学部 応用化学科 教授 今井喜胤(イマイヨシタネ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/362-imai-yoshitane.html

理工学部
https://www.kindai.ac.jp/science-engineering/

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