究極の原子核をつくるには ― 超重元素の「安定の島」に向けて前進 ―
【発表のポイント】
●原子核どうしの衝突で起こる「多核子移行反応」では、入射する原子核(入射核)から標的になる核(標的核)に多くの陽子や中性子が移ることがあります。このため、天然には存在しない重い元素(超重元素)の起源とされ、原子核が極度に安定化した「安定の島※1」と呼ばれる原子核を生成できると期待されています。
●「安定の島」に到達するには、反応で与えられる原子核の角運動量※2(回転エネルギーを与える)を知る必要があります。角運動量が大きいと原子核がすぐに壊れてしまうためですが、これまで詳しく調べた実験はありませんでした。
●「多核子移行反応」では多くの原子核ができますが、これらを識別する手法がなかったことが、角運動量が詳細に調べられてこなかった理由です。今回、生成される原子核を識別する手法を確立したことにより、角運動量を詳細に決定することに世界で初めて成功しました。
●移行する中性子と陽子の数が増えると、はじめは角運動量が増えますが、やがて一定になりました。「安定の島」に近づくには、陽子とともに、より多くの中性子を移す必要があります。最終的に角運動量が一定になったことで、「安定の島」への到達に道が開かれました。
入射核をアクチノイド標的に衝突させて多核子移行反応を起こすことで、「安定の島」に向かう超重原子核が生成されます。瞬間的に生成される原子核(複合核)の角運動量が高いと、超重元素が生成できないため、角運動量を知ることが重要です。本研究は、これを詳細に調べる手法を開発した成果です。
【概要】
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 児玉 敏雄、以下「JAEA」という。)先端基礎研究センター重元素核科学研究グループ 田中 翔也学生実習生(日本学術振興会特別研究員・近畿大学大学院総合理工学研究科(以下「近大大学院」という。)大学院生)、廣瀬 健太郎研究副主幹(JAEA)、西尾 勝久研究主席(JAEA)、および有友 嘉浩教授(近大大学院)らは、原子核反応のひとつである「多核子移行反応」で生成される原子核に与えられる角運動量を実験的に決定することに成功しました。
「多核子移行反応」とは、原子核どうしの衝突で起こる現象で、いくつかの中性子や陽子を交換する過程です。例えば、ビーム入射核から標的核に多くの中性子が移ると、中性子数の多い原子核(中性子過剰核)が生成されます。このため、「多核子移行反応」は超重元素の起源とされ、「多核子移行反応」を解明することで原子核が極度に安定化した「安定の島」と呼ばれる原子核を生成できると期待されています。この原子核の中で飛び回っている陽子や中性子の運動エネルギーを分析することで、元素がどこまで存在できるか、についての知見を与えることにつながります。
「多核子移行反応」が起こった瞬間、原子核は励起状態※3 に置かれます(複合核という)。このとき複合核は回転運動をしており、この回転エネルギーの大きさは角運動量の大きさで規定されます。
重イオン加速器を使って中性子過剰核を作るには、これら複合核が中性子を出して冷えて固まる必要があります。しかし、ウランのような重い複合核の場合、図1のように、複合核の安定化は核分裂で壊れてしまう過程と競合します。核分裂することなく中性子過剰核を作る確率(生き残り確率)は角運動量とともに小さくなるため、角運動量を知ることが重要です。しかし、これまで角運動量を詳細に決定した例はありませんでした。
田中らは、JAEAのタンデム加速器※4 で得られる入射核をアクチノイド原子核標的に照射し、「多核子移行反応」で生成される様々な複合核の核分裂によって飛び出す核分裂片の角度分布の分析から角運動量を決定することに成功しました。この知見は、安定の島に到達するための重要な指針を与えるもので、元素がどこまで存在できるか、という疑問に答えることにつながります。
本研究成果は、米国物理学会誌『Physical Review C (Letter)』(2月15日105号)に掲載されました。
【これまでの背景・経緯】
自然界では、原子番号94番のプルトニウムまで存在が確認されています。一方、人類は、重イオン加速器を用いた原子核反応によって118番までの元素を人工的に作ってきました。日本では理研を中心としたグループが亜鉛とビスマス原子核を衝突させて113番元素(Nh,ニホニウム)を作り、現在、世界では119番以上の第8周期元素の合成を目指し、世界的な競争になっています。「どこまで元素が存在できるか」を知ることは、科学の大きなチャレンジの一つです。これを知るには、「安定の島」に到達し、島に属する原子核の構造を調べる必要があります。重い原子核領域において、これまで作られた原子核と、「安定の島」の場所を図2に示します。
超重元素は、これまで原子核どうしをくっつける方法で作られました。しかし、この方法だと、「安定の島」に到達するには、中性子の数が足りません(図2)。そこで、安定の島に向かう方法として注目されているのが「多核子移行反応」で、本研究はこれを調べた成果です。
「多核子移行反応」とは、原子核どうしの衝突で起こる過程の一つで、いくつかの中性子や陽子を交換する反応です(図1)。反応の直後にできた原子核(複合核)は、一般に励起状態にありますが、これが、中性子を出して冷えて固まることで、初めて中性子過剰核を生成できます。しかし、この反応は複合核が核分裂する過程と競合します。ここで角運動量は、中性子の多い超重元素として残れるか、あるいは核分裂で壊れるかを左右する重要なパラメータです。角運動量が大きいと複合核が核分裂で失われる割合が増えるので、複合核の角運動量を知ることが重要です。角運動量を定量的に評価できれば、衝突させる核種やビームエネルギーなど、中性子過剰核を生成する方法を最適化できます。しかし、これまで「多核子移行反応」における角運動量の詳細な測定はなく、特に、移行する中性子や陽子の数に対する角運動量の変化を調べた例はありませんでした。
【今回の成果】
「多核子移行反応」で生成される様々な複合核ごとに角運動量を実験的に決定しました。成果は、「安定の島」への到達に指針を与える重要な知見となります。
実験では、生成された複合核を同定し、かつ複合核の回転軸を決めながら、放出される核分裂片の角度分布を測定することで角運動量を決定しました。実験の原理を図3に示します。実験では、JAEA・タンデム加速器から得られる酸素18(18O)ビームをネプツニウム237(237Np)標的に照射して行いました。
まずどのように複合核を決定するかですが、これは反応の後に放出される入射核を識別することで達成しました。反応の前後で、反応に関わる中性子と陽子の全体の数は変わらないので、反応後の散乱粒子の核種を決定できれば複合核を決定できます。これを可能にするのがシリコンΔE-E検出器というものです(写真)[1,2,3]。すなわち、図3の右に桃色の縦線で示すように、測定される散乱粒子のエネルギーが同じであっても、ΔE部に与えるエネルギーが核種に依存することを利用したものです。ΔE-E検出器は写真に示すように12個のΔE検出器と、円環状の形をした複数の電極を有するE検出器で構成されており、粒子を検出したΔEの位置によって反応後の原子核の進行方向を知ることができます。また、そのことで複合核の回転軸が分かります。
複合核の核分裂が起こった場合には複合核から核分裂片が飛び出します。その際、回転軸に対する核分裂片の飛行する角度θを測定します。もし、複合核が回転していなければ、核分裂片の放出確率は角度θに依存せず、核分裂片はあらゆる方向に飛びます。しかし、実際には、θ=90°方向に多く放出されることを実験で観測し、角運動量が与えられることがわかりました。
得られた核分裂片の角度分布を図4に示します。図では、3種類の複合核(237,238,239Np*)の結果を示します。いずれも、角度分布はθ=90°で最大となっています。高速で回転している物体が壊れたとき、破片が回転軸と垂直の面に飛んでいくイメージと合っています。237Np*→,238Np*→239Npの順番で、入射核から標的核に移行した中性子の数は、0個、1個、2個となりますが、興味深いことに、後者ほどθ=90°に極端に飛んでいくのがわかります。同図において、核分裂片の角度分布を理論計算と比較しています。この理論は、角運動量と角度分布の関係を与えるものであり、実験データを最も良く再現する角運動量をフィットすることで複合核の角運動量を決定しました。図中の数字が得られた角運動量であり(ℏはプランク定数を2πで割った単位)、数字が大きいと回転エネルギーが高いことを表します。
さらに、陽子が移行してできる核種238Pu、239Pu*、240Puおよび239Am、240Am*、241Am*についても実験データを得ました。それぞれの核種の解析で得られた角運動量を図5に示します。この結果、陽子と中性子の移行において、各核種で角運動量に違いがないことが分かりました。また、移行する中性子・陽子の数が少ないうちはは、移行する中性子・陽子の数に伴って角運動量が増えますが、3個を超えると角運動量は飽和する様子も明らかになりました。
【今後の展望】
「多核子移行反応」で与えられる角運動量の評価は、核反応学における難問として残されていました。本研究は、角運動量が付与されるメカニズムを明らかにする上で重要な知見を与えるもので、「安定の島」に向かう未開拓領域の原子核を生成する指針を与える一歩となります。今後は、様々な入射核や標的核を組み合わせた場合や、衝突させるエネルギーへの依存性について明らかにし、角運動量を決定する精度の高い理論の構築を目指します。
【論文情報】
雑誌名 :Physical Revie C (Letter)
タイトル:
"Angular momentum transfer in multinucleon transfer channels of 18O+237Np"
著 者:
S. Tanaka, K. Hirose, K. Nishio, K.R. Kean, H. Makii, R. Orlandi, K. Tsukada, and Y. Aritomo
DOI :10.1103/PhysRevC.105.L021602
【各機関の役割】
JAEAは、検出器の開発と実験データの取得を行った。近大大学院は、データ解析を行うとともに、理論解析を行った。
【参考文献】
[1]R. Lguillon et al., Phys. Lett. B 761, 125 (2016).
[2]K. Hirose et al., Phys. Rev. Lett. 119, 222501 (2017).
[3]M.J. Vermeulen et al., Phys. Rev. C 102, 054610 (2020).
【用語の説明】
※1 安定の島
様々な原子核を調べて得た知見から、原子核物理学は超重元素領域に「安定の島」が存在することを予測しました。この存在を実証することは、これまで積み上げてきた原子核の描像を実証することであり、物理学の金字塔となります。さらに、「安定の島」を構成する原子核の性質(半減期、質量など)を調べることで理論の精度を向上させることができ、"元素がどこまで存在できるか?"という人類共通の興味に答えを出すことにつながります。
※2 角運動量
ここではミクロな世界において、粒子が持つ物理量を指します。原子核が有する角運動量の起源として、中性子や陽子が原子核の中を回っている軌道に由来するもの、および原子核の回転など、原子核全体の運動から生じるものがあります。本研究では、原子核反応の直後では、回転運動が角運動量の起源であると考える模型を適用して角運動量を導出しました。
※3 励起状態
原子核は、通常、基底状態とよばれる状態にあります。一方、原子核が中性子を吸収した瞬間や、重原子核どうしの反応が起こった直後では、原子核は励起エネルギーを与えられます。この状態を励起状態といいます。温度で表現すると、基底状態はゼロ度、励起状態では、ある有限な温度を持っていると言えます。励起状態にある原子核は不安定なため、ガンマ線を放出して励起エネルギーが失われ、基底状態なります。励起エネルギーが高いと、中性子を出して冷えることがあります。一方、ウランや超重元素が高励起状態になると、核分裂も起こります。
※4 タンデム加速器【JAEA原子力科学研究所】
タンデム加速器とは、直流高電圧を利用してイオンを加速する静電加速器の一種であり、加速イオンの電荷を途中で負から正へ変換し、一つの高電圧で2段階加速することで、より高いエネルギーのイオンビームを発生させることができる。タンデム加速器は多様なイオンを加速することが可能であることに加え、エネルギーを正確に制御できることから、精密な原子核物理、物質科学などの研究に広く利用されている。JAEA原子力科学研究所のタンデム加速器は、現在運用されている世界最大の静電加速器であり、最大1800万ボルトの加速電圧を発生させることができる。JAEAのタンデム加速器では、上記の特徴の他、核燃料物質やα放射性のアクチノイドなど、特殊な標的を利用できるといった特色を活かした研究が行われている。
※5 魔法数
原子核は、陽子と中性子で構成されて、陽子や中性子は、原子核の中を、あるエネルギーを持って運動しています。エネルギーは、図のように飛び飛びの値を取り、陽子や中性子は下から順番につめられていきます。ある所でエネルギーがジャンプしていますが、ここまで陽子(または中性子)が詰まると、原子核は安定になる傾向になります。この数を魔法数と呼びます。陽子の数は原子番号に相当し、天然に存在する元素で最も重い魔法数をもつ元素は鉛(原子番号82番)となります。その次に現れる魔法数として、理論は114(フレロビウム)を予測しています(理論模型より120など異なる値が出されています)。これが「安定の島」を与える陽子数です。一方、「安定の島」を構成する中性子の数は、184という大きな値が予測されています。
【関連リンク】
理工学部 電気電子工学科 教授 有友 嘉浩(アリトモ ヨシヒロ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1376-aritomo-yoshihiro.html