ベゴモウイルス抵抗性によりトウガラシの生産量が倍増 生産現場でのウイルス病被害の低減に期待

2022-08-30 12:00
トウガラシに見られるベゴモウイルス抵抗性の違い ベゴモウイルス抵抗性トウガラシBaPep-5はベゴモウイルス感受性トウガラシBaPep-4よりもベゴモウイルスによる病気の症状が軽い

近畿大学大学院農学研究科(奈良県奈良市)博士前期課程2年 ポハン ナディア シャフィラ(文部科学省国費留学生)、准教授 小枝 壮太らの研究グループは、世界的に農作物の脅威となっているベゴモウイルス※1について研究しています。そのなかでベゴモウイルス抵抗性遺伝子を持つトウガラシは、ベゴモウイルスによる病気の発病や進行が遅くなることから、果実生産量が倍増することを明らかにしました。
本研究に関する論文が、令和4年(2022年)8月30日(火)に園芸学分野の国際学術誌"The Horticulture Journal"にオンライン掲載されました。

【本件のポイント】
●研究グループが世界で初めて特定した抵抗性遺伝子の実際の生産現場における有用性を評価し、感受性トウガラシと比較して生産量が倍増することを解明
●生産現場でのトウガラシ生産におけるウイルス病の被害が大きく軽減できると期待
●優れた果実品質を持つ品種とベゴモウイルス抵抗性トウガラシを交雑することで、高品質でウイルスに強い新品種の育成を目指す

【本件の背景】
現在、ベゴモウイルスには445もの種類があります。トウガラシ、トマト、キュウリ、メロン、カボチャ、ズッキーニ、オクラ、マメ類など多くの農産物が、このウイルスに感染すると果実をほとんど収穫できなくなるなど、農業生産において世界的な脅威となっており、甚大な経済的被害を引き起こしています。
ウイルスの感染は、タバココナジラミとよばれる昆虫により媒介されるため、生産現場では殺虫剤の散布によって対策してきました。しかし、過剰な殺虫剤の使用により、現在では殺虫剤が十分に効かないタバココナジラミが世界各地で発生しています。1990年代には、トマトに黄化葉巻病を引き起こすベゴモウイルスが、イスラエルから日本、欧州、北米へ同時多発的に侵入し、生産農家を苦しめてきました。
世界的な研究の推進により、ようやくトマトのベゴモウイルス抵抗性遺伝子が特定され、ウイルス抵抗性品種の育種も進んでいます。また、本研究チームが、特に被害の大きい香辛料用品種やピーマン、パプリカ、シシトウなどを含むトウガラシ属の植物について研究し、令和3年(2021年)に世界で初めての抵抗性遺伝子を特定しました。

【本件の内容】
本研究は、研究グループが発見したトウガラシのベゴモウイルス抵抗性遺伝子が、実際の生産現場で有用であるかを評価するために行われました。ベゴモウイルス抵抗性遺伝子を持つトウガラシBaPep-5(Capsicum annuum)と、抵抗性遺伝子を持たないトウガラシをインドネシアで栽培し、3年間の圃場(ほじょう)調査※2を行いました。その結果、抵抗性遺伝子を持つトウガラシは、持たないものと比較して生産量が倍増することを明らかにしました。
本研究成果をもとに、トウガラシ生産におけるウイルス病の被害が大きく軽減できると期待されます。また今後は、この抵抗性遺伝子を用いて、より生産者、流通・販売者、消費者にとって魅力のある品種の育種を進める予定です。

【論文掲載】
掲載誌 :The Horticulture Journal(インパクトファクター:1.076 /2021-2022)
論文名 :Pepper (Capsicum annuum) plants harboring the begomovirus resistance gene pepy-1 show delayed symptom progress and high productivity under the natural field condition
(ベゴモウイルス抵抗性遺伝子pepy-1を有するトウガラシでは、病気の進行が遅れることにより果実収量が向上する)
著者名 :Nadya Syafira Pohan1, Gian Alfan2, Munawar Khalil2, Putra Bahagia3, Rayhan Hayati3, Yusuf Haidar3, Nurul Hadisah3, 小野内 美佳1, 城野 良介4, 甲野 喜識4, 濱田 彩音4, 丸石 多恵4, 蓮 真海1, 本間 鹿波1, Sabaruddin Zakaria2,3, Elly Kesumawati2,3, 小枝 壮太1,4
所属  :1 近畿大学大学院農学研究科、2 インドネシア国立シアクアラ大学大学院農学研究科、3 インドネシア国立シアクアラ大学農学部、4 近畿大学農学部
論文掲載:https://doi.org/10.2503/hortj.QH-015
DOI  :10.2503/hortj.QH-015

【本件の詳細】
研究チームは先行研究において、トウガラシのベゴモウイルス抵抗性遺伝子であるpepy-1を特定しました。ベゴモウイルス抵抗性トウガラシBaPep-5が持つ抵抗性遺伝子pepy-1は、mRNA※3 からタンパク質の翻訳に関わる因子であるmRNA surveillance factor Pelotaをコードしており、Pelotaが変異したトウガラシやトマトでは、ベゴモウイルスのウイルスDNA蓄積が抑制されることで抵抗性を獲得します。
本研究では、ベゴモウイルス抵抗性トウガラシBaPep-5とベゴモウイルス感受性のトウガラシ6品種の計7品種を、ベゴモウイルス被害が多発するインドネシアで栽培し、発病の程度、果実生産量を調査しました。3年間の圃場調査の結果、7品種のうちBaPep-5が最も発病や病気の進行が遅く、それにより着果量が増大することで生産量が大幅に高まることを明らかにしました。
また、栽培研究の3年目には、BaPep-5とベゴモウイルス感受性トウガラシBaPep-4の交雑F2集団※4 を栽培しました。BaPep-5(pepy-1/pepy-1)とBaPep-4(Pepy-1/Pepy-1)を交雑して孫の世代を育てた場合、遺伝子型の組み合わせとしてPepy-1/Pepy-1、Pepy-1/pepy-1、pepy-1/pepy-1の3パターンが出てきます。pepy-1は劣性遺伝子であるため、ホモ接合であるpepy-1/pepy-1の場合のみトウガラシは抵抗性になります。この3種のトウガラシを栽培した結果、抵抗性遺伝子をホモ接合で持つ個体(pepy-1/pepy-1)は、持たない個体と比較して生産量が倍増することも明らかにしました(図1、図2)。

【ベゴモウイルス抵抗性トウガラシのBaPep-5と、感受性トウガラシのBaPep-4の交雑F2集団を用いた圃場調査】 図1 抵抗性遺伝子pepy-1だけを持つ抵抗性個体では病気の進行が遅くなる(左) 図2 果実生産量が感受性個体と比較して倍増する(右)

【今後の展開】
今回の研究で、抵抗性遺伝子pepy-1の生産現場における有用性を示すことができたことから、育種にpepy-1を利用することで、世界各地でのトウガラシの安定生産に繋がると期待しています。
また、研究チームは、ベゴモウイルス抵抗性遺伝子を持つトウガラシBaPep-5と、ウイルス感受性であるものの優れた果実品質を持つ品種を交雑することで、ウイルス抵抗性と優れた果実品質の両方を持つ新品種の育成や、品種特性の学術的調査を進めます。さらに、新たにベゴモウイルス抵抗性遺伝子Pepy-2※5 も特定したことから、pepy-1とPepy-2の両方を持つトウガラシは更に強い抵抗性を示すのかを調べる予定です。

【研究支援】
本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究B(19H02950)、国際共同研究強化(B)(21KK0109)および日本とインドネシアの二国間交流事業(研究代表者:小枝 壮太)の支援を受けて実施しました。

【用語解説】
※1 ベゴモウイルス:一本鎖環状DNAをゲノムに持つウイルスで、世界各地での農業生産に大きな経済的被害を与えているウイルス属。
※2 圃場調査:農家の畑と同じ条件でトウガラシを栽培し、ウイルスの感染、発病、果実収量の調査などを行う。
※3 mRNA:遺伝物質であるDNAからmRNA(メッセンジャーRNA)が転写され、mRNAが翻訳されてタンパク質になる。生物の代謝は最終産物であるタンパク質が行っているため、mRNAは遺伝物質であるDNAからタンパク質を作るための重要な中間産物である。
※4 交雑F2集団:抵抗性トウガラシBaPep-5と感受性トウガラシBaPep-4を交雑すると、次世代のF1集団を作ることができる。さらに、F1植物を自家受粉することで、孫世代にあたるF2集団を作成する。F2集団ではベゴモウイルス抵抗性を含めて、両方の親が持つ色々な特徴が個体により様々に現れる。
※5 Pepy-2:トウガラシPG1-1から特定したベゴモウイルス抵抗性遺伝子であり、DFDGD-Class RNA-dependent RNA polymeraseをコードする優性抵抗性遺伝子。(掲載論文、DOI: 10.1007/s00122-022-04125-9)

【関連リンク】
農学部 農業生産科学科 准教授 小枝 壮太(コエダ ソウタ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1360-koeda-sota.html

農学研究科
https://www.kindai.ac.jp/agriculture/

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