室温廃熱を高効率で電気に変換! 電子構造の精密制御により熱電性能を2倍増大 ―近未来のIoT社会に貢献する環境発電技術への応用に期待―
近畿大学工業高等専門学校の舩島 洋紀准教授、大阪府立大学(学長:辰巳砂 昌弘)大学院理学系研究科の小菅 厚子准教授(JSTさきがけ研究者兼任)、奥 友洋大学院生、久保田 佳基教授、高輝度光科学研究センターの河口 彰吾主幹研究員の研究チームは、テルル化ゲルマニウムの電子構造を精密制御する事により、室温付近の熱電変換出力因子 注1)を、既存材料の最大2倍に増大させる事に成功しました。さらに、この熱電性能向上には、従来知られている価電子バンドに加えて、新たな価電子バンドが寄与している事を明らかにしました。本研究の成果は、世の中に存在する廃熱の中でも総量が多い室温廃熱を電気として再利用する廃熱利用技術の要素技術に関するものであり、環境発電技術 注2)への応用や省エネルギー社会の実現に貢献する事が期待されます。なお、本研究成果は、日本時間2021年8月12日(木)に、Elsevier社が発行する「Materials Today Physics」にオンライン掲載されました。
【研究のポイント】
●最大2倍の熱電変換出力因子を示す材料開発に成功
●電子構造の精密制御により従来高温域で高性能を示す事が知られていた材料を、室温域で高性能化
●廃熱総量が最も多い室温廃熱を利用した環境発電や省エネルギー社会への貢献に期待
【研究内容】
・1次エネルギーのうち約70%は廃熱として捨てられており、これらの廃熱を有効利用する事は未利用エネルギーの有効活用の観点で重要です。特に、室温付近の廃熱は廃熱温度分布依存性により存在量が多い事が知られているにも関わらず、小規模かつ希薄に分散している事が多いため、熱電発電技術 注3)以外では回収が難しい事が知られています。しかしながら、そのために必要な室温付近で高い熱電特性を示す「室温熱電材料」の開発は進んでおらず、約半世紀前に発見された既存材料を超えるものはほとんど開発されていませんでした。
・本研究では、従来250~600℃で高性能を示す熱電材料として知られていたGeTe(テルル化ゲルマニウム)の熱電変換出力因子を、室温~150℃、つまり室温付近で増大させる事に成功しました(図2左)。この性能向上が、GeTeをSb2Te3(テルル化アンチモン)と固溶体 注4)化させる事により、従来熱電性能に寄与すると知られていた価電子バンドに加えて、新しい価電子バンドのバンド端が非常に狭いエネルギー領域で縮重する、バンド端縮重 注5)(図2右)に起因する事を、実験と計算から解明しました。通常、このような方法で室温域での熱電性能向上を達成しようとすると、作製した材料の正確な結晶構造や電子構造の情報が必要になります。しかしながら、この材料系は、試料作製条件や温度により、見分ける事が難しい類似構造をとり得るという特徴がありました。さらに、固溶体化材料の特徴ゆえに、正確な電子構造の情報を得る事が困難でした。今回、小菅准教授らの研究チームは、作製した試料の高精度粉末回折データを大型放射光施設SPring-8 注6)の粉末結晶構造解析ビームラインBL02B2において取得し、結晶構造を調べました。さらにそれを入力データとし、試料の電子構造の計算を行いました。今回のような固溶体化試料では、膨大な計算コストをかけないと正確な電子構造の計算が難しい事が一般的に知られていますが、このような特徴をもつ材料系に対して効率的かつ精度良く計算できるように計算コードを改良して、電子構造の精密制御を行う事を可能にしました。
・今回開発したGeTe固溶体化試料は、本研究と同様の簡単な試料作製プロセスで作製した、室温既存材料Bi2Te3(テルル化ビスマス)より、室温~150℃の温度範囲で最大2倍大きい熱電変換出力因子を示します(図1)。また、Bi2Te3のように、ナノ粒子を使った微細組織の最適化等(図1)により、さらなる熱電性能の向上の可能性も秘めています。本研究の高性能化の原理をその他の材料系に適用する事で、従来は室温熱電材料の探索対象から外れていた材料群から、新しい室温熱電材料が発見される可能性もあり、室温熱電材料の開発が加速度的に進む事が期待されます。
【社会的意義、今後の予定】
・本研究成果により、室温熱電材料が開発され、その制御方法が明らかになりました。本研究の成果をデバイス開発に展開する事により、世の中に存在する廃熱の中でも総量が多い室温廃熱を効率的に電気に変換する技術の実現に一歩近づきます。
・将来的には、Society 5.0で提唱されているセンサーネットワーク社会を支える微小環境発電のための自立型電源として、近未来のIoT(Internet of Things)社会の実現に貢献する事や、エネルギーの有効利用技術として省エネルギー社会への実現に貢献する事が期待されます。
・また、今回得られた材料は、希少金属のビスマスの代わりに資源量が約30倍多いゲルマニウムを用いた代替材料として、省資源化戦略にも大きく貢献します。
【発表雑誌】
本研究成果は、(日本時間)2021年8月12日に、Elsevier社が発行する「Materials Today Physics」誌にオンライン掲載されました。
<雑誌名>
Materials Today Physics
<論文タイトル>
Superior room-temperature power factor in GeTe systems via multiple valence band convergence to a narrow energy range
<著者>
Tomohiro Oku, Hiroki Funashima, Shogo Kawaguchi, Yoshiki Kubota, and Atsuko Kosuga
<DOI番号>
https://doi.org/10.1016/j.mtphys.2021.100484
【SDGs達成への貢献】
大阪府立大学は研究・教育活動を通じてSDGs17の目標への貢献
および地球全体の持続可能な発展に貢献しています。
本研究はSDGs17の目標のうち、「7:エネルギーをみんなにそしてクリーンに」、「9:産業と技術革新の基盤をつくろう」等に貢献しています。
【研究助成資金等】
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 さきがけ(JPMJPR17R4)の成果です。
「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」領域のホームページ:
https://www.jst.go.jp/kisoken/presto/research_area/ongoing/bunyah27-2.html
また、本研究の一部は、電気エネルギー技術財団、谷川熱技術振興基金からの支援を受けて行われました。
【用語解説】
注1)熱電変換出力因子
熱電性能のエネルギー変換効率を計る尺度の一つである。ゼーベック係数(温度差1℃あたりの熱起電力)の2乗と電気伝導率(電気の流れやすさの尺度)の積で表される。
注2)環境発電技術
身の回りに存在する熱、光、振動等の微小なエネルギーを利用して発電する技術である。
注3)熱電発電技術
熱(温度差)を電気に直接変換するクリーンな発電技術。固体の物理現象であるゼーベック効果を利用している。小規模分散型の廃熱の回収に適した技術である。この技術で使用される材料を熱電材料または熱電変換材料と呼ぶ。
注4)固溶体
2種以上の物質が混合して完全に均一な固相となる固体を固溶体と呼ぶ。ある結晶相の格子点にある原子がまったく不規則に別の原子と置換するか、あるいは格子の間隙に別の原子が侵入したものの2種がある。
注5)バンド端縮重
複数のエネルギーバンドの端のエネルギー位置を、あるエネルギー範囲内で揃える事をバンド端縮重と呼ぶ。縮重度を増やす事で、熱電性能の熱電出力因子を向上させる事ができる。室温域で縮重させたい場合は、高温域の場合に比べて非常に狭いエネルギー領域で縮重させる事が必要になる。
注6)大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等はJASRIが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
【関連リンク】
近畿大学工業高等専門学校
https://www.ktc.ac.jp/