フルカラー円偏光を発生させる有機円偏光発光ダイオードを開発 新しい3D表示用有機ELディスプレイ製造等への応用に期待
近畿大学理工学部(大阪府東大阪市)応用化学科教授 今井 喜胤(よしたね)、大阪公立大学大学院(大阪府大阪市)工学研究科教授 八木 繁幸らの研究グループは、イリジウム錯体※1 を発光材料とする、フルカラー有機円偏光発光ダイオード※2 を開発しました。開発したダイオードに外部から磁力を加えることで、3D立体映像を映し出す際に使われる、らせん状に回転しながら振動する光「円偏光」を赤・緑・青・黄(RGBY)のフルカラーで発生させることに成功しました。さらに、加える磁力の方向を変えることで、全ての色の円偏光の回転方向を制御できることも明らかにしました。本研究成果を用いることで、有機円偏光発光ダイオードの製造コストを安く抑えられる可能性があり、将来的に、新しいタイプのフルカラー3D表示用有機ELディスプレイ等の製造や、高度な次世代セキュリティ認証技術の実用化に繋がることが期待されます。
本件に関する論文が、令和5年(2023年)4月3日(月)に、有機EL分野の国際的な学術誌である"Organic Electronics"にオンライン掲載されました。
【本件のポイント】
●光学不活性※3 な分子であるイリジウム錯体を用いて有機発光ダイオードを作製し、外部から磁力を加えることにより、赤・緑・青・黄のフルカラー円偏光の発生に成功
●加える磁力の方向を変えることで円偏光の回転方向を制御し、右回転と左回転の円偏光を選択的に取り出すことに成功
●本研究成果を、新しいタイプのフルカラー3D表示用有機ELディスプレイの製造や、高度な次世代セキュリティ認証技術の実用化などへ生かすことに期待
【本件の背景】
特定の方向に振動する光を「偏光」といい、その中でも、らせん状に回転しているものを「円偏光」といいます。円偏光を利用した発光デバイス(円偏光を発する有機発光ダイオード)は、3D表示用有機ディスプレイなどに使用される新技術として注目されています。
現在の技術では、光学フィルターを用いる方法以外に、鏡面対称(左手と右手のような鏡像関係)の構造をもつ光学活性な分子を用いて円偏光有機発光ダイオードを作製し、右回転円偏光または左回転円偏光を発生させる方法が知られています。この方法では、まず、右回転と左回転の円偏光を発生させる分子が混在している状態(光学不活性)から、目的の分子だけを得る必要があり、デバイス作製コストが高くなる点が課題となっています。近畿大学理工学部では、これまでの研究によって、光学不活性な分子を用いた場合でも円偏光を発生させる新しい手法を開発しています。今回、より安価にフルカラーの円偏光を発生させるデバイスの開発を目指し、研究に取り組みました。
【本件の内容】
研究グループは、発光ダイオードの材料として実用化されている、光学不活性なイリジウム錯体を発光材料として用い、RGBYフルカラー有機発光ダイオードを開発しました。また、この有機発光ダイオードに対して外部から磁力を加えることによって、フルカラーの円偏光を発生させることに成功しました。さらに、磁力の方向を変えることで円偏光の回転方向を制御する、つまり、単一の分子から右回転円偏光と左回転円偏光の両方を選択的に取り出すことに成功しました。
本研究成果により、室温かつ永久磁石による磁場下に有機発光ダイオードを設置するだけで、RGBYフルカラー円偏光を発生させることが可能となりました。また、光学不活性な分子は、一般的に光学活性な分子よりも安価であるため、イリジウム錯体を用いることで、フルカラー円偏光有機発光ダイオードの製造コストが抑制できる可能性があります。これにより、3D表示用有機ELディスプレイ等の製造コスト削減や、高度な次世代セキュリティ認証技術の実用化などにつながることが期待されます。
【論文掲載】
掲載誌 :Organic Electronics(オーガニックエレクトロニック)
(インパクトファクター:3.868@2020-2021)
論文名 :Red–Green–Blue–Yellow (RGBY) Magnetic Circularly Polarized Electroluminescence from Iridium(III)-Magnetic Circularly Polarized Organic Light-Emitting Diodes
(イリジウム(III)磁気円偏光有機発光ダイオードからの赤・緑・青・黄(RGBY)磁気円偏光エレクトロルミネッセンス)
著者 :北原 真穂1、原 健吾1、鈴木 聖香1、岩﨑 寛2、八木 繁幸3、今井 喜胤2* *責任著者
所属 :1 近畿大学大学院総合理工学研究科、2 近畿大学理工学部応用化学科、3 大阪公立大学大学院工学研究科
論文掲載:https://doi.org/10.1016/j.orgel.2023.106814
【本件の詳細】
イリジウム錯体は、室温でリン光※4 を発して高い発光効率を示すことから、有機発光ダイオード用リン光材料として近年盛んに研究されています。
本研究では、光学不活性なイリジウム錯体(鏡像異性体の当量混合物)4種、IrIII(piq)3、IrIII(ppy)3、IrIII(F2-ppy)2(pic)、およびIrIII(BT)2(acac)をそれぞれ発光材料とする、4つの有機発光ダイオードを作製しました。また、それらの有機発光ダイオードに外部から磁力を加えながら光を発生させたところ、発光材料が光学不活性であるにもかかわらず、高効率にRGBYフルカラーの磁気円偏光を発生させることに成功しました。開発した有機発光ダイオードは、イリジウム錯体の構造と、加える磁力の方向によって、円偏光の回転の方向を制御できることも明らかになりました。
【研究者のコメント】
今井 喜胤(いまい よしたね)
所属 :近畿大学理工学部 応用化学科
職位 :教授
学位 :博士(工学)
コメント:磁場を用いる我々の手法により、従来の方法に比べて、格段にデバイスに適応可能な発光体の範囲が広がりました。このことは、さまざまな機能性を備えた発光デバイスを開発できることを意味しており、高付加価値を備えた円偏光発光ダイオードの開発が期待されます。
【研究支援】
本研究は、科学研究費補助金 挑戦的研究(萌芽)(課題番号 JP21K18940)、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業CREST研究領域「独創的原理に基づく革新的光科学技術の創成」(研究総括:河田聡)研究課題「円偏光発光材料の開発に向けた革新的基盤技術の創成」(研究代表者:赤木 和夫)によって実施されました。
【用語解説】
※1 イリジウム錯体:イリジウムは白金族に分類される原子番号77の遷移元素であり、白金の精製の際に副産物として得られる。このイリジウムと有機化合物が結合したものがイリジウム錯体である。有機発光ダイオード用の発光材料として実用化されており、高い量子効率でリン光を発する。
※2 有機円偏光発光ダイオード:電圧をかけると有機物が発光する現象を有機EL(Electroluminescence)といい、この現象を利用したデバイスを有機発光ダイオード(Organic Light-Emitting Diode)という。この際、発光が円偏光であるダイオードを有機円偏光ダイオードという。
※3 光学活性/光学不活性:物質が直線偏光の偏光面を回転させる性質(旋光性)があるとき、この物質は光学活性であるといい、偏光面を回転させる性質がないとき、この物質は光学不活性という。
※4 リン光:発光現象の一種で、一般的な発光(蛍光)より、寿命が長い性質がある。そのため、暗闇で長く光っている夜光塗料として利用されることも多い。有機発光ダイオードに用いた場合、有機ELの発光効率の向上に寄与する。
【関連リンク】
理工学部 応用化学科 教授 今井 喜胤 (イマイ ヨシタネ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/362-imai-yoshitane.html