ハナショウガの主成分を酸で反応させ、生成物と反応経路を解明 将来的に新たな医薬品の開発につながる可能性

ハナショウガの群生(西表島で撮影)
ハナショウガの群生(西表島で撮影)

近畿大学大学院農学研究科(奈良県奈良市)博士前期課程(当時)渡辺 凌と、教授 北山 隆、助教 柏﨑 玄伍らの研究グループは、長浜バイオ大学(滋賀県長浜市)、埼玉医科大学(埼玉県入間郡毛呂山町)との共同研究により、ショウガ属ショウガ科の植物「ハナショウガ(花生姜)※1」の主成分である「ゼルンボン」について、酸性条件に置かれた場合の生成物と反応経路を解明しました。
ゼルンボンは、植物の精油に含まれるテルペン類※2 という香りや苦みのもととなる成分の一種であり、抗がん作用、免疫調整作用などの幅広い生物活性を持つことが知られています。本研究成果は、ゼルンボンの特性理解だけでなく、テルペン類のほかの化合物が、どのような経路で様々な物質に変換されるのかを解明するために役立つものであり、将来的に新たな医薬品の開発につながることが期待されます。
本件に関する論文が、令和3年(2021年)11月24日(水)に、有機化学と生体分子化学の国際専門誌である"Organic & Biomolecular Chemistry"に掲載されました。

【本件のポイント】
●ハナショウガの主成分であるゼルンボンを酸性条件下で反応させ、9つの生成物を取り出した
●ゼルンボンから生成物に至るまでの構造の変化を解析し、反応経路を2つに分類した
●テルペン類のほかの化合物の生合成経路解明だけでなく、将来的には新たな医薬品開発に役立つことが期待される

【本件の背景】
植物などに含まれる天然の化合物(天然物)は、古くから医薬品として大きな役割を果たしてきました。医薬品開発では、大量の化合物の中から疾患の要因となるタンパク質の機能を阻害するものを探すという手法が一般的であり、化合物の構造が複雑で種類が多様であるほど、目的に合うものが得られやすいと言われています。近年、医薬品開発の成功率が低下しつつあるなかで、合成した化合物に比べて構造が複雑かつ多様である天然物への期待は、今後ますます高まると思われます。
近畿大学大学院農学研究科の研究グループは、天然物を材料として反応性を検証しながら新規化合物へと誘導する試みを続けており、特に、ハナショウガの主成分であるゼルンボンに注目してきました。ゼルンボンは反応性が高く、少ない工程の反応で複雑かつ多様な化合物を誘導できることが特徴です。研究グループは、先行研究においてゼルンボンから様々な生成物を誘導するとともに、その反応経路を明らかにしてきました。

【本件の内容】
植物内での反応を模倣するため、酸以外は用いずに、シンプルな条件でゼルンボンを反応させ、得られた生成物を構造解析することで、結果的に9つの生成物を取り出しました。また、これらの生成物の反応経路が2つに分類できることを明らかにし、複数の化合物を経由して最終生成物に至る反応を示すことに成功しました。
本研究成果は、ゼルンボンの特性理解や、新規化合物への変換という意義にとどまらず、テルペン類のほかの化合物の生合成経路解明、さらに将来的には新たな医薬品開発に役立つことが期待されます。

【図1】酸性条件におけるゼルンボンの反応経路
【図1】酸性条件におけるゼルンボンの反応経路

【論文掲載】
掲載誌 :Organic & Biomolecular Chemistry(インパクトファクター:3.876)
論文名 :
Brønsted acid-induced transannulation of the phytochemical zerum bone
(植物性化学成分であるゼルンボンの、ブレンステッド酸による環化反応)
著  者:
柏﨑 玄伍1,2、渡辺 凌1、都築 輝考2、山本 智恵子1、西川 敦也1、大友 悟2、吉川 知美1、北村 優斗1、宇高 芳美1、河合 靖3、土田 敦子4、北山 隆1,2
責任著者:柏﨑 玄伍、北山 隆 ※ 所属はいずれも論文執筆当時
所  属:1 近畿大学大学院農学研究科、
     2 近畿大学農学部、
     3 長浜バイオ大学、
     4 埼玉医科大学

【研究詳細】
ゼルンボンに含まれる環状構造は、直鎖構造に比べてひずみが生じやすく、そのため次の反応に移行しやすいという特徴があります。さらに、ゼルンボンは11個の炭素からなる環状構造のなかに炭素-炭素の二重結合を3つも有すること、そのうち2つはカルボニル基と共役※3 していることから、構造を次々に変換させ多彩な生成物を得ることが可能です。今回研究グループは、植物内での反応を模倣して、酸性条件下でゼルンボンを反応させることを試みました。なお、類似の条件でゼルンボンを反応させた先行研究はありますが、今回は生成物や反応経路を細かく解明している点に新規性があります。
ゼルンボンを塩化水素の酢酸エチル溶液に溶かして35℃に加温し、4時間後まで30分ごとにサンプリング、その後は徐々に間隔を空け、最長で2週間後までサンプリングを行いました。得られた試料はガスクロマトグラフという装置で分析し、ゼルンボンの減少ならびに新たなピークの出現を定量的に観察しました。さらに、シリカゲルカラムクロマトグラフィーという分析方法にてそれらの新規ピークを単離、高分解能質量分析装置にて観測された分子量から分子式を明らかにし、核磁気共鳴装置と組み合わせて構造を決定しました。立体異性体※4 が存在する化合物については、前述の手段のみでは構造を一つに絞り込むことが難しいため、単結晶を作製し、X線結晶構造解析を行うことで立体構造を決定しました。単結晶が得られにくいものは、結晶化しやすい化合物へとさらに誘導化することで構造を決定し、結果的に合計で9つの生成物を単離しました。その中には、反応の途中で一時的に生成する中間体も含まれます。
得られた生成物の反応経路、および最終生成物と、そこに至る経路を調べるため、単離した中間体からの反応も追跡しました。その結果、反応経路は2つあり、一つは7,6員環の二環式化合物※5 、もう一つはジヒドロナフタレン2種類(図1参照)が生成される経路であることが明らかになりました。また、生成された7,6員環の二環式化合物を、水も存在する条件で加熱すると、酸素分子で架橋された6,6,5員環の三環式化合物へと導かれることも突き止めました。さらに、2種類生成されるジヒドロナフタレンは、室温では解析できませんでしたが、-50℃中での核磁気共鳴装置により解析することで、シクロヘプタトリエンとノルカラジエン(図1参照)の平衡混合物※6 が4:3の混合比で存在することも明らかになりました。
2種類の反応経路に分岐する際に、重要となるのは異性体です。炭素-炭素の二重結合があれば、その結合を中心とした回転が阻害されるため、2つの区別可能な異性体が存在します。ゼルンボンには炭素-炭素の二重結合が3つ存在しており、何種類もの異性体が考えられるものの、今回の反応においては1つしか確認されていません。そこで、計算化学により化合物の安定性を比較したところ、今回の反応で確認された異性体は、競合して生成する可能性のあった異性体よりも安定であることが分かりました。さらに、異性化する際の分子の構造変化(遷移状態と中間体)を酸性条件と中性条件の両方でシミュレーションし、エネルギー計算をしたところ、酸性条件下の方が異性化反応を効率よく進行させていることも裏付けられました。

【今後の展望】
今後研究グループでは、今回得られた生成物の生物活性を確認していくとともに、さらに別の化合物への変換を検討することで、有用な化合物としての展開を模索していきます。
また、今回の研究成果はテルペン類の生合成経路解明にも役立つ知見であり、ゼルンボンにとどまらず他の化合物を変換する際にも示唆を与えます。このように天然物を元とした様々な構造の化合物を得ることで、構造が複雑で種類が多様な化合物ライブラリー※7 を作製できます。そのライブラリーを用いて、疾患の要因となるタンパク質の機能を阻害するものを探すことで、将来的には新たな医薬品開発に役立つことが期待されます。

【用語解説】
※1 ハナショウガ:ショウガ属、ショウガ科の植物で、熱帯から亜熱帯地方で広く生息する。根茎部の形状は通常の食用ショウガと似ているが、主成分のゼルンボンの影響で非常に苦い。
※2 テルペン類:5つの炭素からなるイソプレンで構成される分子。特に植物の精油に多く存在することが知られている。
※3 共役:化合物中に、単結合と多重結合が交互に連続している状態を示す。共役の系は一般的に、分子全体のエネルギーを低下させ、安定性が高い。
※4 異性体:同じ分子式でありながら、異なる構造をもつ化合物を示す。原子の結合する順序が変わることでできる構造異性体と、原子の立体配置が変わることでできる立体異性体に大別できる。
※5 二環式化合物:2つの環状構造を持つ化合物を示す。例えば7,6員環の二環式化合物は、環状に結合している原子が7つと6つの構造が結合した構造を示している。
※6 平衡混合物:平衡状態にある物質が混在していること。平衡状態は、正反応と逆向きの反応が同じ速さで進行しており、見かけ上どちらの方向へも反応が進行しないようにみえることを示す。
※7 化合物ライブラリー:タンパク質などの生体分子に結合し、機能を変化させる可能性のある化合物を、系統的に集めた化合物のコレクション。各化合物は、構造、純度、量、生物活性などの情報を含んだ、データベースの情報と関連付けられている。

【関連リンク】
農学部 生物機能科学科 教授 北山 隆(キタヤマ タカシ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/804-kitayama-takashi.html
農学部 生物機能科学科 助教 柏﨑 玄伍(カシワザキ ゲンゴ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2144-kashiwazaki-gengo.html

農学研究科
https://www.kindai.ac.jp/agriculture/


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