開発中の薬剤と既存薬の併用でがん細胞を攻撃する 免疫システムの活性化を非臨床試験で確認

2019-10-30 05:00

近畿大学医学部(大阪府大阪狭山市)内科学教室(腫瘍内科部門)医学部助教 原谷浩司、講師 米阪仁雄、主任教授 中川和彦らを中心とする研究チームは、第一三共株式会社(以下「第一三共」)が、がん治療を目的に開発中の「U3-1402」※1 と、免疫細胞を活性化させる「免疫チェックポイント阻害薬」※2 の併用治療が有用である可能性を非臨床試験において確認しました。
U3-1402は、様々な固形がん細胞において高発現が認められるタンパク質である「HER3※3 」を標的とした抗体に殺細胞薬であるDNAトポイソメラーゼI阻害剤※4 を結合させた「抗体薬物複合体」の一種で、がん細胞にピンポイントで殺細胞薬を届けることを目指しており、早期臨床試験において安全性および有効性を検証中です。
今回の非臨床試験において、U3-1402ががん細胞を攻撃すると、がん細胞の増殖を抑えると同時に、免疫細胞が免疫チェックポイント阻害薬の効果で適切にがん細胞を攻撃することがわかりました。
本研究により、今回の併用治療が様々な固形がんにおける将来の治療戦略の候補となることが期待できる結果が得られました。
本件に関する論文が、令和元年(2019年)10月30日(水)5:00(日本時間)、生物医学研究を対象とする“Journal of Clinical Investigation(impact factor:12.282)”にオンライン掲載されました。

【本件のポイント】
●U3-1402は、HER3を認識し、殺細胞薬をがん細胞に効率的に運搬する
●U3-1402により起こった腫瘍細胞死により、免疫誘導物質が放出され、各種免疫細胞を腫瘍局所に効率よく誘導し、免疫チェックポイント阻害薬の効果を増強することが示唆された
●免疫チェックポイント阻害薬に耐性を持つがん細胞にも有望な治療になる可能性

【研究の背景】
がんは、骨髄やリンパ節で発生する「血液がん」とそれ以外の「固形がん」に大別されます。免疫チェックポイント阻害薬の代表薬であるPD-1/PD-L1阻害薬は、多くの固形がんにおいて有効性を発揮しており、進行がん患者における長期生存を可能にしています。PD-1/PD-L1とは、がん細胞や免疫細胞に認められるタンパク質であり、体内の免疫細胞を抑制する働きがあるため、がん細胞を攻撃できなくなってしまいますが、PD-1/PD-L1阻害薬はその抑制状態を解除し、免疫細胞にがん細胞を攻撃させる働きをします。
しかし、その長期生存効果は一部の患者でしか得られないこともわかっており、PD-1/PD-L1阻害薬に耐性を持ったがん細胞にどう対応するかが喫緊の課題となっています。近年の臨床試験の結果から、PD-1/PD-L1阻害薬に殺細胞薬を併用することでより高い治療効果が得られることがわかってきましたが、その併用効果は決して十分と言えるものではなく、さらなる治療戦略の開発が必要とされていました。

【論文掲載】
論文名:U3-1402 sensitizes HER3-expressing tumors to PD-1 blockade by immune activation
掲載誌:Journal of Clinical Investigation(impact factor:12.282)
著 者:原谷 浩司(筆頭著者)、米阪 仁雄(責任著者)、加藤 了資、武川 直樹、川上 尚人、
    田中 薫、林 秀敏、武田 真幸、中川 和彦・・・近畿大学医学部内科学教室(腫瘍内科部門)
    高村 史記、宮澤 正顯・・・近畿大学医学部 免疫学教室
    前西 修・・・近畿大学医学部 病理学教室
    前田 尚之、明松 隆志、廣谷 賢志・・・第一三共
    鶴谷 純司・・・昭和大学医学部
    西尾 和人・・・近畿大学医学部 ゲノム生物学教室
    土井 勝美・・・近畿大学医学部 耳鼻咽喉学教室

【研究の詳細】
本研究は、第一三共からの受託研究として行われ、同社が臨床開発を進めている新規抗HER3抗体薬物複合体であるU3-1402の腫瘍免疫における役割ならびにPD-1/PD-L1阻害薬との併用効果を、実験動物モデル、培養細胞、臨床検体を用いて検討しました。U3-1402はHER3に特異的に作用することで、HER3発現腫瘍細胞を特異的かつ効率的に傷害します。U3-1402により傷害された腫瘍細胞からは免疫賦活物質であるHMGB-1が強力に放出され、樹状細胞やマクロファージ、NK細胞などの自然免疫系細胞が腫瘍局所に誘導されました。さらにU3-1402により腫瘍局所におけるT細胞の機能や抗腫瘍能が改善することが示され、U3-1402による免疫活性化によりPD-1/PD-L1阻害薬の治療効果が増強すると考えられます。また、これらのU3-1402による免疫活性効果ならびにPD-1阻害薬併用効果はPD-1阻害薬低感受性腫瘍においても認められ、U3-1402によりPD-1/PD-L1阻害薬の耐性を克服できる可能性も示唆されました。さらに、本研究では過去にPD-1阻害薬治療を受けた約80例の固形がん患者の臨床検体(腫瘍組織)を用いてHER3の免疫組織染色を行い、PD-1阻害薬耐性腫瘍において高頻度にHER3発現が認められることも示されました。

図の説明:がん細胞に発現したHER3を特異的に認識するU3-1402により、殺細胞薬であるDNAトポイソメラーゼI阻害剤は腫瘍局所に効率的に届けられる。がん細胞に届けられた大量のDNAトポイソメラーゼI阻害剤※4 により、がん細胞は強力にダメージを受けてDAMPs(damage-associated molecular patterns)という免疫誘導物質を大量に放出する。これにより、樹状細胞をはじめとする抗原提示細胞の腫瘍局所への集積を誘導し、Tリンパ球を活性化する。活性化Tリンパ球は、同じく免疫誘導物質により集簇してきたNK細胞と共に、がん細胞をさらに攻撃することが可能になる。ここに、PD-1/PD-L1阻害薬を併用することでこれら免疫細胞の働きがさらに活性化するメカニズムを確認しました。

【今後の展望】
U3-1402は、現在進行中の早期臨床試験において安全性と有効性の検証が行われており、今後のさらなる臨床開発が期待されています。U3-1402と免疫チェックポイント阻害薬の併用効果を検討した研究は本研究が初であり、本研究結果を基にU3-1402とPD-1/PD-L1阻害薬の併用治療の臨床開発が進むことが期待されます。

【用語解説】
※1 U3-1402
第一三共が開発中の抗体薬物複合体。細胞分裂において重要な役割を担う酵素であるDNAトポイソメラーゼの働きを抑制することでがん細胞の増殖を抑える「DNAトポイソメラーゼI阻害剤」を、独自のリンカーを介して抗HER3抗体に結合させた抗体薬物複合体。

※2 免疫チェックポイント阻害薬
免疫チェックポイント阻害薬は、免疫細胞からの攻撃を免れるためのブレーキを阻害し、免疫細胞の攻撃を強める

※3 HER3
主に固形がん細胞の細胞膜表面に豊富に発現しているタンパク質。全てのがんに必ず発現しているわけではないが、過去の研究からも多くのがんに高頻度に発現していることが知られている。

※4 DNAトポイソメラーゼI阻害剤
DNAトポイソメラーゼIは、DNAの複製に必要な酵素であり、これを阻害することでがん細胞の増殖を阻止し、がん細胞を死滅させる。

【関連リンク】
医学部 近畿大学病院 講師 米阪 仁雄(ヨネサカ キミオ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1951-yonesaka-kimio.html

医学部 医学科 医学部講師 川上 尚人 (カワカミ ヒサト)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1691-kawakami-masato.html

医学部 近畿大学病院医療安全対策室 医学部講師 田中 薫(タナカ カオル)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1645-tanaka-kaoru.html

医学部 医学科 医学部講師 林 秀敏(ハヤシ ヒデトシ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1646-hayashi-hidetoshi.html

医学部 医学科 講師 武田 真幸 (タケダ マサユキ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1611-takeda-masayuki.html

医学部 医学科 教授 中川 和彦(ナカガワ カズヒコ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/755-nakagawa-kazuhiko.html

医学部 医学科 講師 高村 史記(タカムラ シキ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1631-takamura-shiki.html

医学部 医学科 教授 宮澤 正顯(ミヤザワ マサアキ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/490-miyazawa-masaaki.html

医学部 近畿大学病院 講師 前西 修(マエニシ オサム)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/728-maenishi-osamu.html

医学部 医学科 教授 西尾 和人(ニシオ カズト)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/757-nishio-kazuto.html

医学部 医学科 教授 土井 勝美(ドイ カツミ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/589-doi-katsumi.html

免疫細胞の働きがさらに活性化するメカニズム
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