トウガラシが高温下でも着果するための遺伝子領域を特定 ―気候変動による着果不良を防ぐための一手―

学校法人近畿大学
トウガラシ交雑集団に現れた高温下で着果する系統(左)と着果しない系統(右)

【概要】
近畿大学農学部 細川 宗孝 教授、京都大学大学院 山崎 彬 博士課程学生(研究当時、現:同大学助教)、かずさDNA研究所 白澤 健太 博士の研究グループは、トウガラシの高温着果性を制御する遺伝要因に関する研究を行いました。本研究では、高温期の着果する系統と着果しない系統が現れる交雑集団を利用して、トウガラシが高温期に着果するための遺伝子が存在する領域を特定しました。地球温暖化の影響で、夏場などの高温期に果実が得られなくなる着果不良が生産上の課題になっています。高温でも着果する形質を有する品種は稀ですが、本研究によって、新しい高温着果性品種を生み出すことができる可能性が見出されました。本研究の成果はSDGs 目標2「飢餓をゼロに」および目標13「気候変動に具体的な対策を」に貢献し、40℃近くになる超高温下においても生産できる作物を育成するために利用できます。
本成果は、2020年10月23日にオランダの国際学術誌「Euphytica」にオンライン掲載されました。

【背景】
地球温暖化に伴って、トマトやピーマン、トウガラシなどの果菜類では、高温期に着果不良による減収の頻発が生産現場における課題となっています。高温下では植物の生殖能力が低下することが知られており、着果不良の原因となります。現在の着果不良への対策はクールミストや冷房、パッドアンドファンなど栽培技術によるものが主となっていますが、コスト・労力面での負荷が大きくなっています。そのため、育種的アプローチによる解決策が求められています。しかし高温期に着果する高温着果性を有する品種は稀であり、育種は思うように進んでいません。
本研究グループは、これまでに高温期に着果しないトウガラシの交雑によって生まれたF1雑種が高温期にも鈴なりに着果することを発見してきました(Yamazaki・Hosokawa,2019)。多くの植物では高温下において生殖能力の低下が生じます。しかし、このF1雑種では一日の最高気温が40℃に達する高温期にも雄性・雌性の両方の生殖能力が維持されます。本研究では、このF1雑種の後代(F2集団)は、高温期の着果率が低いものから高いものまで現れて量的に分離することを明らかにし、高温着果性と関わる遺伝子が座乗する候補遺伝子領域の特定を試みました。

【研究手法・成果】
F1雑種の後代であるF2集団の中には、F1雑種よりも強い高温着果性を有する系統が現れました。一方でこの集団の中にはF1雑種の親品種と同様に高温下では全く着果しない系統もありました。この結果は3か年の栽培試験で再現されています。
さらに、このF2集団を材料として、ddRAD-Seq法によってGWAS解析したところ、全ゲノムの中で2つの共通した遺伝子領域で高温期の着果率と花粉の発芽率との相関が認められました。この2遺伝子領域は、トウガラシの第3染色体と第6染色体に存在しています。さらにQTL-Seq法を応用した解析によって、第6染色体の遺伝子領域が13,500kb(キロベース:DNAの塩基対1個を1bと表記する)に特定されました。この結果は翌年の栽培においても再現されました。
両親それぞれの品種に由来する2つの遺伝子によって、F1雑種が高温下でも着果できる形質を獲得したことが考えられました。このことは、雑種の形成によってのみならず、自殖による品種育成によっても、高温着果性育種を行うことができることを意味します。さらに本研究によって特定された遺伝子領域に遺伝子マーカーを作ることで、形質評価を行うことなく高温期に着果する系統を選抜できる可能性があります。

【波及効果、今後の予定】
トウガラシにおいて高温期の着果と関連する遺伝子領域を見つけたため、この領域に高温着果性の遺伝子マーカーを作成することができます。また生殖に関連する形質は多くの植物で共通であることが多いため、今後、遺伝子の特定に至ることができれば、トウガラシ以外の植物においても高温期の収量改善に役立つ可能性が高いと考えられます。地球温暖化が進行しても安定した食料生産を行うことができるように、高温着果性は多くの作物で求められています。本研究は、SDGs 目標2「飢餓をゼロに」および目標13「気候変動に具体的な対策を」に貢献し、次世代の植物育種に有用な知見を提供できると考えています。

【研究プロジェクトについて】
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金20H02981(研究代表者:細川 宗孝)、16H06279(PAGS)の支援を受けて実施しました。

<用語解説>
ddRAD-Seq法:二種類の制限酵素で切断したゲノムDNAの末端にアダプターを付加し,その塩基配列を次世代シークエンス技術で読み取ることでゲノム全域に渡る遺伝子型を分析する技術。
GWAS解析  :統計学的に形質との有意な関連を示す遺伝子多型をゲノム全域に渡って網羅的に探索する手法。
QTL-Seq法 :生物集団の中で特定の量的形質について最も高い値を示すグループと最も低い値を示すグループからDNAを抽出し,2グループのゲノムDNAに対して次世代シーケンス解析を行うことでその量的形質を支配する遺伝子領域を特定する技術。

<研究者のコメント>
気候変動の危機に瀕する私たちにとって、高温下での着果性は重要な植物形質になると思います。将来はどのような高温条件でも収量を維持できる栽培品種で世界の農業を救うのが夢です。トウガラシは一つのモデルであり、トマトやイチゴなど多くの果菜類にこのような性質は重要になってくると考えています。

<論文タイトルと著者>
タイトル:
Transgressive segregation and gene regions controlling thermotolerance of fruit set and pollen germination in Capsicum chinense
(トウガラシにおける高温下での着果と花粉発芽の超越分離とそれらを制御する遺伝子領域)
著  者:Akira Yamazaki, Kenta Shirasawa and Munetaka Hosokawa
掲載誌 :Euphytica  
DOI   :https://doi.org/10.1007/s10681-020-02712-9

【関連リンク】
農学部 農業生産科学科 教授 細川 宗孝 (ホソカワ ムネタカ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2167-hosokawa-munetaka.html

農学部
https://www.kindai.ac.jp/agriculture/