様々ながん細胞株を培養可能な無血清培地を開発 抗がん剤開発や食肉代替品の「培養肉」生産につながる研究成果

2022-07-20 15:00
研究室で凍結保存しているがん細胞株

近畿大学大学院農学研究科(奈良県奈良市)博士前期課程2年 滝井 詩乃、近畿大学農学部(奈良県奈良市)生物機能科学科講師 岡村 大治らの研究グループは、テキサス大学サウスウェスタンメディカルセンター(米国テキサス州)との共同研究により、様々な臓器・組織由来のがん細胞株を一定期間、安定して培養可能な無血清培地※1 を開発しました。
本研究成果は、未だ不明な点の多いがん細胞の増殖や生存におけるコレステロールや脂質の役割を解明するための解析基盤となるものであり、将来的に抗がん剤の開発につながることが期待されます。また、食肉の代替品となる「培養肉」の生産技術の確立にも貢献が期待されます。
本件に関する論文が、令和4年(2022年)7月20日(水)に、米国の科学誌"PLOS ONE"に掲載されました。

【本件のポイント】
●がん細胞株を一定期間、安定して培養可能な、ウシ胎児血清※2 を含まない無血清培地を開発
●コレステロールとがん細胞増殖の相関性を解析し、抗がん剤開発への活用に期待
●食肉の代替品となる「培養肉」の生産技術確立にもつながる研究成果

【本件の背景】
世界保健機関(WHO)の発表によると、平成12年(2000年)から令和元年(2019年)までの20年間の世界の死因トップ1位、2位は動脈硬化性疾患(虚血性心疾患、脳卒中)です。その治療や予防に用いられるスタチン※3 という物質は、血清総コレステロール※4 を低下させることで治療効果を発揮することがわかっています。一方で、スタチンによる低コレステロールが腫瘍の発症や悪性化を引き起こすとの報告も多く上がっており、現在においても、がん細胞の増殖とコレステロールの相関性を定義づける統一的な見解には至っていません。
統一見解に至らない原因の一つは、がん細胞株の培養に広く用いられているウシ胎児血清にあります。一般的にがん細胞株を含むあらゆる動物細胞を培養する際、ウシ胎児血清を培養液に混ぜることによって、安定した増殖性・接着性を維持できることが知られています。しかし、ウシ胎児血清は千種類以上の成分で構成されており、多くのコレステロールや脂質を含んでいるため、その培養下で低コレステロールの環境を作ることが極めて難しく、がん細胞でのコレステロールや脂質の役割を解析する上で大きな障害となっています。
そこで、多くのがん細胞株に最適化され、組成が全て明らかになっている無血清培地で解析を行うことが、コレステロールとがん細胞増殖の相関性を解析するための必要不可欠な条件であると考え、ウシ胎児血清を混ぜない、無血清培地の開発を目指しました。

【本件の内容】
研究グループは、様々な臓器・組織由来のがん細胞株に最適化された無血清培地の開発を目指し、細胞培養に必須であると考えられる様々な要素ならびに基礎培地をテストした結果、無血清培地である「DA-X培地」の開発に至りました。
本研究成果は、未だ不明な点の多いがん細胞の増殖や生存におけるコレステロールや脂質の役割を解明するための解析基盤となるものであり、将来的に抗がん剤開発への活用が期待されます。また、環境負荷のない動物の骨格筋細胞を培養した食肉の代替品「培養肉」の生産技術を確立するためにも重要であり、今後、そちらへの応用も視野に入れています。

【論文掲載】
掲載誌:
PLOS ONE(インパクトファクター:3.752@2021)
論文名:
The amount of membrane cholesterol required for robust cell adhesion and proliferation in serum-free condition.
(無血清培地条件における細胞接着や増殖に必要な細胞膜コレステロールの適正量)
著 者:
滝井 詩乃1、Jun Wu3、岡村 大治1,2*
*責任著者
所 属:
1 近畿大学大学院農学研究科、2 近畿大学農学部、3 University of Texas Southwestern Medical Center
論文URL:
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0259482

【研究の詳細】
従来の無血清培地では、多くのがん細胞株が剥離して細胞死を起こします。それに対し、ダルベッコ変法イーグル培地※5、アルブミン※6、インスリン-トランスフェリン-セレニウム-エタノールアミン※7 を含み、培養皿にフィブロネクチン※8 をプレコートした無血清培地条件(DA-X培地コンディション)であれば、増殖性・接着性ともに良好であることが分かりました。それにより、これらの成分のすべてが、がん細胞株の生存・増殖に必須であると考えられました。また、肺がん・肝臓がん・子宮頸がん・乳がんなど様々な臓器・組織由来のがん細胞株でテストしたところ、DA-X培地はがん細胞種を選ばないユニバーサルな培地として利用可能であることがわかりました(下左図参照)。さらに、その分子メカニズムを解析したところ、DA-X培地コンディションが細胞膜のコレステロール量を最適化することで、良好な接着性・生存性をもたらしていることもわかりました(下右図参照)。
この知見をもとに、子宮頸がん細胞株に対してコレステロール生合成阻害剤を添加したところ、細胞株は速やかにその接着性を失い、培養皿から剥離し、ついにはほぼ全ての細胞が細胞死を引き起こすことが分かりました。このことから、本研究成果はコレステロールをターゲットとした抗がん剤の開発に対しても利用可能であると期待されます。

左図:従来の無血清培地、DA-X培地においての各臓器・組織由来のがん細胞株の比較
右図:DA-X培地コンディションは細胞膜のコレステロール量を最適化することで様々ながん細胞株の培養を可能にする

【培養肉の生産に関して】
現在の食肉システムを支える「工業型畜産」は、持続可能な開発目標(SDGs)と照らし合わせてみると、水や穀物の大量消費や飼育スペースの確保のための森林伐採、排泄物による水質汚染など、数多くの課題を抱えています。そこで、現在、日本を含め世界各国で「人工肉(代替肉)」の開発・商品化が本格化しており、植物性タンパク質を加工した植物肉については広く普及段階にあります。一方で、動物の骨格筋細胞を培養して生産される「培養肉」は実用化に至っていません。
動物細胞を安定して増殖させるには、ウシ胎児血清もしくは増殖因子と呼ばれるタンパク質などを培養液に加える必要があり、これが高額なコストの原因となっています。また、人口肉の生産にはウシの飼育頭数を減らすという目的があるにも関わらず、培養液にウシの胎児血清を添加せざるを得ないという大きな矛盾を抱えていることも事実です。培養肉が社会に実装され普及するためには、無血清培地をベースとした、低コストで環境負荷のない生産技術を確立させることが極めて重要であり、本研究成果はその第一歩となるものであると期待されます。

【用語解説】
※1 無血清培地:ウシ胎児血清を含まない動物細胞培養用の培地。一般に動物細胞を培養する場合には、培養液中に5~20%程度の血清を添加する必要があり、それにより安定した生存性ならびに増殖性が実現する。
※2 ウシ胎児血清:分娩前の雌ウシの胎児の血液から採取され、細胞培養用のサプリメントとして最も広く使用されている血液の血漿分画。多くの培養条件において細胞増殖をサポートするために必要とされる、1000以上の成分が含まれている。
※3 スタチン:HMG-CoA還元酵素の働きを阻害し、肝臓におけるコレステロール合成を阻害する。血液中のLDLコレステロールを低下させ、動脈硬化などを予防する薬として用いられる。
※4 血清総コレステロール:血漿(血清)中の遊離コレステロールとエステル型コレステロールの総和。高コレステロール血症は虚血性心疾患や脳血管障害などの動脈硬化性疾患の危険因子として重要。
※5 ダルベッコ変法イーグル培地:哺乳類細胞の培養に幅広く使用されている基礎培地。
※6 アルブミン(ウシ胎児血清アルブミン):動物細胞の培養の際、特に無血清培養系の重要な成分の一つ。細胞膜の安定性や細胞保護成分としてはたらく。
※7 インスリン-トランスフェリン-セレニウム-エタノールアミン:細胞培養の基礎培地用のサプリメント。低血清条件で、様々な細胞の増殖を刺激する。
※8 フィブロネクチン:細胞外マトリックス糖タンパク質であり、細胞の接着と伸展を促進するコーティング成分として用いられる。

【関連リンク】
農学部 生物機能科学科 講師 岡村 大治(オカムラ ダイジ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1359-okamura-daiji.html

農学部
https://www.kindai.ac.jp/agriculture/

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